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だったもの

本当にあったのかなかったのか、ふわふわとしたお話―。 

4年間、ここは私の部屋だった。日付が変われば私の部屋だった部屋になる。

電気は、きっと使えてしまう。ガスも水道も。しかし私にそれらを使う権利はもうない。身体の記憶というものがあるらしいが、頭ではわかっているのに私の手はつい電気を付けてしまう。慌てて消そうとするが、ブレーカーは落としているから明かりが灯る心配はない。

暗闇の中にスマホの明かりはまぶしすぎる。明るくなるのは一点だけ。こんなにもまぶしい光をものともせず、部屋は相変わらず暗闇に包まれている。ここはまだ、私の部屋だ。

浴室へ向かう。4年間使ったはずのこの場所で、私は何度浴槽に入ったのだろう。どれだけの時間をここで過ごしたのだろう。「お父さんが付けてくれたやつ、自分で外せる?」と、母からの電話が、物干し竿ははじめから付いていたものではないのだと教えてくれた。父は、どのような気持ちで物干し竿を取り付けたのか、わからない。私は何度、ここにものをかけたのだろう。「自分でできるよ、これくらい」物干し竿はあっさりと、浴室から消えた。

一通り掃除を終えたとき、ここは私の部屋だった場所になっていた。暗闇だと思っていた部屋は月明かりで意外と明るい。段ボールを敷き詰め、寝転がってみる。

中学生の頃、宿泊学習で島へ行った。夜ご飯はバーベキューで、私たちは「だったものシリーズ」と言って笑っていた。肉、だったもの。でも、今は肉ではないもの。炭と一緒になっただったものは、だったものなのか、炭なのか。

朝になる。ここはもうわたしの部屋ではない。私の部屋だった部屋なのは私の中だけで、ただの部屋、それだけなのだと思う。

窓から見えた朝焼けは、別にいたって普通の、ただの綺麗な朝焼けだった。

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