93.引っ越しのお話
はじめて引っ越しをしたのは小学校3年生の頃。
父親の転勤がきっかけです。
3年生とはいえ、僕の記憶は曖昧で引っ越すことが嬉しかったのか、悲しかったのか、正直よく覚えていないです。
初めての引っ越しから約3年後。
小学校を卒業して、中学生になる際、2度目の引っ越しを行いました。
このときは、嬉しい気持ちが大きかったように思います。自我のようなものは芽生えていたと思うし、引っ越しうんぬんより、中学生になれる、ということが何より嬉しかったのだと思います。
3回目の引っ越しは、高校を卒業して大学生になるとき。
初めての一人暮らしをするために引っ越しをしました。家電量販店で、最低限の機能だけを兼ね備えた一番安い、冷蔵庫・洗濯機・テレビ・電子レンジを両親に買ってもらいました。
このときは人生で稀に見るほどのワクワク感でした。
お祭りの屋台に並ぶチョコバナナ、辛い練習の後に浴びるように飲むアクエリアス、映画が始まる前に食べる溢れんばかりのポップコーン。
そんな日常に潜むワクワクが束になってかかってきても、決して叶わぬワクワク感でした。
狭い1Kでしたが、はじめての一人暮らしの場合、狭ければ狭いほど青春度が増すし、汚ければ汚いほど想い出に磨きがかかります。
ただしそれは一時のことで、残念ながら「頭の中の一人暮らし」を現実が追い越すことはありませんでした。
4回目の引っ越しは思いのほか、すぐにやってきました。
大学2年生が終わる頃です。
狭くて汚くて大学から少し遠いアパートに嫌気がさし、少し広くて大学からべらぼうに近い1Kに引っ越しました。
調べてみると、家賃がそれほど変わらなかったため、より快適な生活を選んだ次第です。
大学3年生・4年生と、大学からべらぼうに近い1Kで、のらりくらりと生活しました。
プールの授業終わり、生暖かい風が塩素の臭いと睡魔を循環させた教室で、皆と同じようにウトウトしていた青春は、夜通しの飲み会終わり、吐く息さえアルコール臭い自分にうんざりしながら、朝の陽ざしとは裏腹に眠りに入る青春に変わっていました。※実際にはそんな大学生らしい生活も数えるほどしかしていませんが。
5度目の引っ越しは、大学を卒業し、社会人を迎える際に訪れました。
東京にある会社の寮への引っ越しです。
新しい生活への「胸の高鳴り」は社会人になるときにも確かにありました。
「もっと学生でいたかった!」と嘆く友人は周りにもたくさんいましたが、僕は「これ以上学生なんかを続けて何をするんだ」という考えでした。
悲観的になりがちな社会人生活も、個人的には人生の良い節目となりました。
6度目の引っ越しも、これまたすぐにやってきました。
兄弟が東京で働くことになり、家賃を抑えるために二人暮らしを始めることになったのです。
社会人2年目の話です。
この頃には今の妻と半同棲のような生活を送っており、実際には兄弟二人暮らし用のマンションでは、ほとんど生活しませんでした。
こうして振り返ってみると2年毎くらいに引っ越しを行っており、何だか忙しない日々を送っていますね。
7度目に引っ越しをしたのは、妻と婚約し、本格的に同棲を始めるときでした。
社会人3年目の途中の話です。また2年以内での引っ越しです。その後、妻と僕はめでたく入籍し、結婚式を挙げることができました。
楽しい生活に、更に花を添えてくれたのは、お腹に宿った新しい生命です。
今は、幸せ真っ盛り、といったところでしょうか。
あまり浮足立つことなく、地に足つけて日々を送ることが、最近の目標です。
さてそんな中、8度目の引っ越しが目前に控えています。
恐らく今回で短期スパンでの引っ越しは終わりです。
なんせ次の引っ越し先はマイホームです。
何事もなければ数十年単位で住むことになります。
ドラム式洗濯機、ファミリー用の冷蔵庫、革のソファ、大きなダイニングテーブル等々。
家具家電も1式揃えました。
奮発したせいで、銀行口座の預金はほとんど底をつきました。
それでも変わらないのは引っ越しによる「胸の高鳴り」です。これまでの引っ越しと違うのは、新しい生活にただワクワクする、というだけではないことです。
家を買い、子どもも授かったことで、「しっかりしなければ!」という想いも募ってきました。
20代も後半に差し掛かり、いつの間にか若さを前面に押し出すような年齢でもなくなってきました。
僕と妻と我が子の新しい生活。
きちんと地に足付けて、日常に潜む幸せを摘み取っていきたいです。
きっと初めて一人暮らしをしたあの頃とは違ったカタチのワクワクに出会えることでしょう。
【ペンギンキッチンHP】
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