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シフォンケーキはいかがですか?(夏休みのお兄ちゃん)

酪農家の子供の夏休みは肉体労働ばかりでちっとも楽しみではなかったということを以前書きましたが、一つだけひそかに心待ちにしていたことがありました。それは夏休みにやってくる高校生のお兄ちゃん。

当時、地元の農協が山形県の農業高校と提携して学生を実習生として酪農家に夏の間派遣するというプログラムがあり、我が家もその受け入れ農家の一つとして参加していました。それで毎年うちには高校生のお兄ちゃんが一ヶ月ほどホームステイしていたわけです。とにかく人口の流動がほとんどない農村では知らない人を見たり、家族や地域住民以外の人と話すと言うことがほとんどありません。だから一ヶ月間知らない人がうちで暮らすと言うのは、それはもう小学生のわたしにとっては大イベントであったわけです。

今年はどんな人が来るのかと言う楽しみの他に、「なんか恥ずかしいなあ。」という気持ちや、緊張感も入った複雑な気持ちでした。高校生のお兄ちゃんが来ると、まずしばらくは様子見期間。恥ずかしさからこちらから話しかけることはほとんどなく、ご飯を食べる時、いっしょに牛舎で働く時など、なんとなくチラチラ見る程度。時々母に「ご飯できたよっていってきて。」と言われただけでもうドキドキなのでありました。部屋の前まで行って、ノックもせずただ「XXくん、ご飯できたよ!」って叫んでまっしぐらに居間に戻る。なにせ小学生の私と高校生のお兄ちゃんに共通の話題などあるわけもなく、ほとんど両親としている会話を聞いているだけだったんですが、そのとき聞く山形弁もとても新鮮であったかく聞こえたものです。そもそも私の母と祖父母は山形出身なので我が家で話されていた言葉も山形弁と北海道弁がちょこちょこ混じったものだったんですが、山形からきていた高校生は山形弁全開でちょっと外国語を聞いているようでした。

一週間も経つと少し慣れて、様子見期間は終了。交流期間に入ります。’交流’といってもそれは私たち、つまり子供なりの’交流’であってもちろん会話をするということではなく、’体当たりで高校生のお兄ちゃんに遊んでもらう’ということです。しかも一方的、強制的に。’交流’はだいたい昼ご飯のあととか夕ご飯のあと、高校生のお兄ちゃんが部屋で休んでいる時に行います。お部屋を訪れて(だいたい2歳上の兄と一緒に)「わあ〜!」と叫びながら高校生のお兄ちゃんとレスリングをするのです。受け入れ先の農家さんの子供であるから突き放すこともできず、疲れているのもかかわらず、どの高校生のお兄ちゃんも辛抱強く遊んでくれました。(今思うと本当に申し訳ない、、、。)そして数週間がすぎる頃には、実習を終えて帰ってしまう日のことを考えたくないほど懐いていました。

実習最後の夜は毎年、北海道名物ジンギスカンでさよならパーテイー。そしてノートに実習の思い出を書いてもらうのが我が家の慣習。翌朝、父か母が集合場所の農協に送って行きます。そのあと高校生のお兄ちゃんが使っていた部屋に行ってみると、いつもきちんとたたまれた布団と思い出を書いたノートが残されていました。そしてかすかにまだ高校生のお兄ちゃんの匂いも残っていたりして。

なんとも寂しい、心の中に大きな穴がぽっかり開いたような悲しい気持ち。同時に「今年の夏休みも終わりだなあ、、、」と感じる瞬間なのでした。

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