にーじまさん #1
まさに高級クラブ、な重い扉を開けた瞬間、目が合った。
焼けた肌。オールバック。黒いシャツにベスト、スラックスに包んだ身体はけっこうがっちりしてる。身長は180弱くらい。タレ目。だけどギョロッとしてる目。髭。
ほんとはね、その時にはもう気になってた。
だけど何故かわたしはその時(絶対友達になれない人がいる…!)なんて思った。
そんな余裕なんてなかったんだろうね。
だって初めての水商売の面接だったから。
「はじめまして、面接をお願いしていた、ぺけと申します」
真っ赤なベルベットで覆われた空間に向かってそういうと、吸っていた煙草を灰皿に押し付け、派手な顔立ちの女性がソファから立ち上がった。
上等なドレスに身を包んだ彼女がこのお店の「ママ」であることは、すぐにわかった。
「はじめまして。クラブリリーのママをしています、アンナと言います」
アンナさんは大きい。そして、男性のように声が低い。なぜならニューハーフだから。
そう、ここはニューハーフクラブ。ここに居るのは全員ニューハーフ。そして私もニューハーフ。
当時アルバイトをしながら夢を追いかけていた私は、性転換手術の資金を貯めるためにその夢を諦め、夜の仕事を探していた。
普段は男性であることを隠し、女性として暮らしていたが、まさか女の子として夜のお仕事が出来るとは思わず、ここ「クラブリリー」にやってきたのだった。
履歴書を見せた後、いくつか質問を受ける。
私はとにかく受かりたかったから、いつもの2倍目を見開いて、はきはきと回答した。でも今思えば、そんなに頑張らなくても受かったのだ。リリーは慢性的な人手不足だったから。
「お酒は飲める?」
アンナさんの目が鋭くなる。
そうだよね、それが1番重要だよね、と私は心の中で思う。
「はい!よく1人でも飲みに行くので、自信はあります!」
「1人でも飲みに行く」という具体的な情報を意識的に盛り込んで回答する。
それを聞いて、アンナさんの表情が少し緩んだ。そして
「わかりました。それじゃあ次の木曜日から来られる?」
と言った。
「はい!」
こうして、私はニューハーフクラブ・リリーの新人ホステスになった。
挨拶をして店を後にした私は、それまで足を踏み入れたこともなかった繁華街を、両手で口元を押さえながら、早足で歩いた。
(すごいことをしちゃった!わたし、ホステスになるんだ!)
帰り道はネオンや高級車のライトがぱちぱち瞬いて、シャンパンのなかを泳いでるみたいだった。その時はシャンパンなんて、ほとんど飲んだことなかったけど。
だから、扉を開けた瞬間目が合った彼のことは、もうすっかり忘れていた。
私をつむじから足のつま先まで変えてしまったひと。
あれから私、色々あったよ。
今、何してる?
どこにいるの?元気にしてる?
ねえ、にーじまさん。
×××
今も忘れられない
きっと一生忘れられない私の思い出を
フィクションも交えながら綴っていきます。
よかったら最後までお付き合いくださいませ。
×××
ぺけ
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