不安な感情の中でも、変わる勇気を持つ。~正解のない問題の解き方(3)~
明るく振る舞っていながら、もやもやした感情を抱えてしまうことがある。
漠然とした不安。
現状に対する焦り。
ふとした瞬間に覚える恐怖感。
もやもやした感情が嫌だと感じても、
その感情から離れられなくなってしまったり、
気のせいだと押し殺してしまったり。
何とかするべきだということが分かっていても、どうしてもできない。
そんなネガティブな感情と寄り添い続けてきたのが、Dr.ゆうすけさん。
本業は内科医だが、メンタルヘルスをライフワークとしている。
彼はメンタルヘルスをしていく中で、様々な生きづらさや自己否定に対して向き合ってきた。
日々揺れ動く自分の感情とはどのように付き合っていくのが良いのだろうか。
■Profile
Dr.ゆうすけ
メンタルヘルスをライフワークとする内科医。身近な人の「死にたい」や「生きづらい」という感情と向き合っている。noteマガジン「月刊・自己肯定感」執筆中。
1.自分の感情を抑えて、誰かのための行動をしてしまう。それ、やめたくないですか。
―ゆうすけさんは「自分に自信が持てない」など何かしらの生きづらさを抱えている人と向き合っていると思います。自己肯定感が低くなってしまう人に共通する部分はありますか?
自分本来の感情を感じたり、伝えたりすることは好ましくない、と思っていることが挙げられると思います。自分の感情を素直に表現できずに、制限してしまうんですね。だから自分がどう感じるかよりも、相手にとって都合が良いように振る舞ってしまうんです。
―感情を制限してしまうことに原因はあるのでしょうか?
幼い頃に、自分本来の感情が近親者に受け入れられなかったことが影響すると考えられています。例えば、花を見て「きれい」といっても、親にその感情を無視されたり、否定されてしまったりするような経験をすると、それを「感じてはいけないもの」と認識してしまいます。
自分本来の感情は、他人に認めてもらうことではじめて獲得しうるものです。幼少期に自分のありのまま感じた感情を受け入れてもらえなかった経験が積み重なると、自分が感じた感情が正しいと思えなくなってしまいます。先ほどの例でいうと、「花を見て『きれい』と思うことは歓迎されない、間違っている」と認識してしまうんです。そのため、自分が持つべき感情は、他人に喜んでもらえるものであるべきだと思ってしまい、誰かのための言動を続けてしまうんです。
―感情の「正解」を他人の中に探してしまうんですね。抑えてしまった自分の感情はどうなっているのでしょうか?
感情は失くなっているわけではありません。自分が本来感じているものは存在するのですが、整理されずに無理やり、心の「押し入れ」に押し込められているような状態です。
だから、溜め込みすぎると、圧力が高まりすぎて容量オーバーになり、ふとした瞬間にどさーっと溢れ出て、急に不適応になってしまうことがあります。例えば帰りの電車で涙が出てしまったり、よくわからないけど恐怖で息ができない、というような状態がそうです。
―自分の感情を抑えている人を目の前にしたとき、ゆうすけさんはどうしているのですか?
今みたいな話を軽く説明したあとに、「もし今の状態がすごく苦しいと感じているなら、感情を押し込める生き方をやめてみたくはないですか」と聞きます。自分の感情を出さないことが問題だと思っていないことが多いので、「何とかできるかもしれない」という可能性に気づいてもらうんです。
現状を変えることができると知っても、そのまま誰かにとって都合よい存在でいることを選択する人もいます。でも、当たり前に感情を抑えてきた人が、「変わりたい」と思ってくれたらそれはすごいことです。変わるという勇気を持ってくれたのなら、僕は全力でサポートするようにしています。
2.不安な感情は、身体感覚から始まる。
―明るくて健康な人でも、「なぜか辛い」「なんとなく不安」といった感情を抱えることがあると思います。どうしてこのような状態になるのでしょうか?
実は、不安という感情は身体感覚の異常と強く結びついています。胃の奥を掴まれる感じとか、息が浅いとか、呼吸数が増えているとか。そういった不快な身体感覚を「不安がある」と解釈するのです。
一般的に不快な身体感覚というのは長時間続かないのですが、今感じている不安が「過去に経験した嫌な思い」とか「未来への恐怖感」などに結び付けてしまうことによって、不安の感情がずっと継続してしまいます。不安の回路がぐるぐると回って増幅されているようなイメージです。
―不調は、身体からのSOSであるのかもしれないですね……! 不安な感情とは、どのように付き合っていくのが良いのでしょうか?
いま話題になっている、「マインドフルネス」は効果的です。「今ここに集中する」という考え方です。呼吸に集中する、瞑想するなど目の前のことに没頭することで、「今ここ」の不安を「過去」や「未来」と接続させないことで、不安増幅回路を回さずに止めることができます。
―まず、不安増幅回路を止める。
はい。不安な感情を感じたときの「対処行動」を増やすことも大切です。実は、自分の体を傷つける自傷行為は、不安に対する対処行動の中で最も強力なもののひとつなんです。そもそも自傷とは、不快感情を落ち着けるために、死なない程度に自らを傷つける行為のことを言います。暴走運転や、借金をするほどの衝動的な買い物、無防備なセックスなんかも含まれます。
つらい感情があまりに強いときには、そうした手段に頼らざるをえない事態があることは仕方ないと思います。でも、身体や心へ深いダメージが残るような方法を選択することで、長期的により生きづらい状況になってしまう。
だから、なるべく自分を傷つけない対処行動を増やしていくことも大事です。「顔に枕を当てて思いきり泣き叫ぶ」とか、「コンビニで3000円買い物する」とか、「冷たい氷を握りしめる」とか。より傷つきの少ない対処行動を使い分けていくことができるので、長期的に生きやすくなるはずです。
―不安な感情のレベルに応じて対処行動を使い分ける、ということですね。
そうですね。あとは、「死にたい」という言葉でさえも言えるような存在がいるのは大きいですね。
多くの人は「死にたい」と言われたら、驚いて「やめなよ」とすぐ言ってしまうと思うんです。でも、「死にたい」という気持ちはその人にとってはまぎれもない事実なのです。
なので、その言葉を否定するのではなく、「伝えてくれてありがとう」とただ受け止めてくれるような人がいれば、とても安心できると思うんですね。そういう人の存在があれば、生きていく難易度もだいぶ変わってくると思います。
3.絶対的な安心感があるから、頑張れる。
―ゆうすけさんは自分のネガティブな感情とどのように向き合っているんですか?
基本的には、先ほどの不安を止める方法と同じです。それと、常に自分の心のHPがどれくらいあるかは把握するようにしています。とはいっても、過去には、HPの限界までいってしまったことは何回かありますけどね。
そういう経験や慣れのおかげもあって、ネガティブな境遇や感情を目の当たりにしたときでも、驚いたり引いたりすることは基本的にはないかな、と思っています。
これまでに様々な人の痛みを知ることができたことは、自分自身の成長にも直結していると思ってます。でも、自分がどこまでいくときつくなってしまうのかは、今もやりながら学んでいる感じですね。
―自分の限界値を念頭において、HPの現在値を把握しているんですね。
そうです。それと、周りのサポートが大きいですね。落ち込むことや周囲の人を心配させてしまうことも度々ありますが、昔から僕のことを見てくれている人たちは「ゆうすけさんのやることだしね」と変わらぬ気持ちで支えてくれていて、救われています。とても心強いです。
こういうことをやってきたからこそ得られた人間関係でもあるので、すごく豊かだなと思うし、やってきてよかったなと思います。まあ、こんなはずじゃなかったってこともけっこう多いですけど(笑)
―メンタルヘルスマネジメントでは、どのようなことが大切なのでしょうか?
メンタルヘルスの問題を「命の問題」として再定義し、後悔しないように動くことが一番大事だと思います。軽く捉えずに、まずはその人の「生死に直結する問題」として捉え直すんです。
世の中には不安な感情を抱え込んでいるにも関わらず、世間的な評価を気にして「ここで休んじゃうともったいない」と働き続けてしまう人がいます。でも世間的な評価が成り立つのは、そこにいのちの基盤があるからこそです。
世間的な評価の前提になる、いのちの部分が危ないなら対処すべきですよね。対処した結果、大したことなかったら「よかったね」で済みます。でも、深刻だった場合は取返しがつかなくなる可能性がありますからね。
4.前に進めなくなったら、キャラ変してしまおう。
―ネガティブな感情に引っ張られて前に進めなくなるようなときに、自分の感情とはどのように付き合うと良いのでしょうか?
前に進めないのは何かしらの絶望があるからです。不条理なことが起こったり良いことが起こっても裏切られたりすれば、「人は信じられない」とか「自分は不幸だ」と思っても仕方ないと思います。
しかし、あまりに辛いことばかりが続くと、良いことが起きそうな機械や人間関係も自ら断ち切ってしまったりするようなこともあります。「自分は幸せにならない人間だ」と人生に一貫性を持たせようと思ってしまうからです。それだけ、不条理な出来事が多かったであろうことの裏返しでもあるのだと思います。
でも、どれだけ絶望的な気持ちを抱えていても、その絶望がその深度のまま、ずっと続くわけではない。それは不可能です。例えば、「花がきれい」とか「朝日が美しい」という気分になることはあります。心というのは勝手に動くので、ずっと悲観的な気持ちでいることも難しいんです。動いた心に素直になれば、ふとした瞬間に「ずっと灰色のはずの世界」がひっくり返る可能性もあるんです。
だからこそ、キャラ変の余地を残しておくといいと思います。辛いことが続いても、不幸なストーリーを歩むことを生涯の生き方として背負い込まなくてもいい。今は絶望で立ち止まってしまったとしても、「どんな自分になってもいいんだ」と変わる余地を持てていれば、少し楽に生きられるのではないでしょうか。
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「自分の感情を抑えて無理してしまう」「なんかもやもやする」「不安が大きすぎて立ち止まってしまう」といった不安な感情。
心のどこかでは嫌だと感じているはずなのに、なぜかその状態を維持してしまおうとして、引き戻そうとする力も働いているようだ。それだけネガティブな感情は人を取り込んでしまう強い力があるということだろう。
不安を抱えたままでいることも一つの選択肢だ。
しかし「いつからでも変わることができる」という事実は心のどこかに置いておいてみてほしい。
その事実は、不安な感情の渦の中に飲み込まれてしまったときに不安を手放す勇気を持つきっかけになるのではないだろうか。
文:ありぺい
イラスト:マミコ
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