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左利きの新任教師

2024.04.23
ペぎんの日記#23
「左利きの新任教師」


先日、「早くクビになりたい数学教師」という文章を書いた。今日書くのは、その人とは別の数学教師の話。

その先生は、大学を出たての女性の新任教師。彼女は彼女の人生において初めて高校で教師として働き、数学を教える。初々しい感じの授業になるのかなぁと、ちょっと期待してた。まずオリエンテーション。きっと先生が自己紹介をして、生徒から沢山質問が出て、恥ずかしそうに答えて、それからきっと私たちにも自己紹介をさせて、名前と顔を一致させて。そして最後に「みなさんと一緒に私も成長していけるように頑張りますので…」的なことを言って、授業がスタートするんだ。そんな想像をして、授業開始のチャイムが鳴るのを待っていた。

始業のチャイムが鳴る。

予想は完全に裏切られた。
そもそも初々しい典型的な新米教師を想像するべきでは無かった。だって彼女は数学の教師なのだから。数学教師に普通な人は居ない。

まず先生は始業のチャイムが鳴っても教室に来なかった。「教室わかんないんじゃね?笑」などと囁く声が周りから聞こえる。そういった声が徐々に広がり、全体的に少しザワザワし始めたくらいで先生は入ってきた。
「ごめんなさい遅れましたでは号令お願いします」
入ってくるなり、もの凄い早口で謝罪と号令の指示を出した。聞き慣れた言葉だったから反応できたものの、一瞬何を言ってるのか分からなかった。

号令を済ませ、授業が始まる。

「はいよろしくお願いしますdjdっgではノート開いてくださいね今日は数列やりますhrtycdhc数列聞いたことある人〜?」
文章と文章の間に切れ目がない。なんというか、脳の回転に口が追いついてなくて言葉が溢れ出してくる感じ。途中早すぎて何言ってるのか聞き取れない箇所もあった。でも妙に肝は座っているように見えて、緊張から来る早口というわけではなさそうだった。

そして言語の解読に必死になって一瞬気づかなかったが、この先生、自己紹介も授業の説明も飛ばしやがった。

シラバスはもう配られているし、私たちは先生のことを着任式で見ているから、それらの手順は必要ないっちゃ無いんだけど…。なんか、ね?味気ないじゃない。

そんな私の困惑はよそに、授業はどんどん進む。ただ不思議なもので、20%くらい聞き取れない箇所があったりするけれど、問題と教科書の行き来や説明の仕方が凄く上手くて、授業としては分かりやすかった。むしろ聞き取りにくい早口のおかげで私たちの集中力が増してるまである。この先生はそこまで計算しているのだろうか。そう感じさせるくらい、知性に溢れた先生ではあった。

そんな感じで初回のショッキングな授業が終わり、そして昨日、その先生の2回目の授業があった。

その授業で先生が板書している最中、私は気付いた。
あ、先生左利きなんだ。

前回の授業で気づかなかった自分にびっくりした。今までは左利きの先生は必ず自己紹介で「左利きです」と言ってくれた。
そっか、左利きですって言われないと左利きなことに気付けないんだ。

すごく不思議な気分だった。前回の一時間、すごく集中して先生のチョークの先を追っていたはずなのに、左利きであることに気付けなかった。それだけ数学としての授業の密度が高かったからなのかもしれない。数学を理解するために、私は必要のない情報を拾おうとしなかった。

いや、そうだろうか。左利きだと言わずに授業を始めた人の利き手を、私は瞬時に見抜けるだろうか。

「授業を受けていたのに、自己紹介が無かったというだけで左利きであることに気付けなかった」

全然おもしろくないオチだけど、なぜかすごく心に残ったので日記にしてみた。

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