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患者さんとの話し合いの進め方③

 前回はクリステンセンの『ジョブ理論』にからめて、そもそも

「何のために話し合いを行うのか?」

を考えてみましょう、というお話をしました。本日は2つめ、

「準備は十分だったか?」

について考えてみましょう。症例を再掲しておきます。

2歳男児
昨夜からの嘔吐を主訴に来院。急性胃腸炎の診断。各種検査の結果、点滴の必要性は低く、自宅にて対症療法(水分補給と消化の良い食事)をしながら、経過観察が可能と「現時点では」判断された。悪化の可能性は否定できず、「悪化時再診」は型どおり説明しておくこと。

上記を研修医と申し合わせたうえで、患者さんの説明に行ってもらった。

すると、親御さんは強く点滴と入院加療を希望され、研修医の先生的には、「医学的評価」と「患者さんとの合意」の間で板挟みになって再度相談にきた。

交渉の基本枠組み

準備といっても何を?ということになりますが、これをお話しする前に、ビジネスにおける「交渉」を考えてみましょう。

スライド1

「交渉」に当たるときに、最低限考えておくべきことを図にしてみました。

通り一遍塔の解説で恐縮ですが、

RV( Reservation value):
「留保価値」。交渉関係者が最低限キープしたい価値のライン

ZOPA( Zone of Possible Agreement):
「合意可能範囲」。双方の留保価値の間。
つまり、交渉というのは、双方のボトムラインとボトムラインの間で締結されうる、ということ。

BATNA(Best Alternative to a Negotiated Areement):
「不調時対策案」。交渉が合意できないときに取り得る代替手段の内最も良い選択肢

これだけではわかりにくいと思いますので、値引き交渉で考えてみましょう。

購入価格は、予算の上限(自分のRV)と値引きの下限(店側のRV)の間(ZOPA)で決まりますね。
自分にとって、全く時間が無く、今すぐにでも手に入れたいとなると、この店で購入する以外の選択肢がありませんが、時間があって、他の店で買うことができ、そちらの方が値段が安い(自分にとってのBATNA)があれば、交渉に臨みやすいですね。逆に店側にとっても、決算前でどうしてもこの客を捕まえたい、とすると選択肢がありませんが、すぐ後に、いつものお得意さん(しかも高額購入する人)との約束がある(店側のBATNA)のであれば、強気で臨めますね。

より詳しく学びたい方はこちらをご参照ください。

https://globis.jp/article/2081

交渉の技術を患者さんとの話し合いにどう活かすか?

患者さんとお金の話をするわけではありませんし、これをどう活かしたらいいというのでしょうか。

患者さんの「隠れた主訴」を同定すると、それに伴って問題になりそうな「論点」と、それにともなってその論点に対する様々な「意見」が予想されます。

その意見の中で、医療者側として譲れないライン、患者さん(やその家族)にとって譲れないラインが出てきます。これがそれぞれのRVになります。
実際には、「自分たちのRVが何か?」をきちんと認識しておくことが準備で、話し合いを進めながら、患者さんのRVを探ることになります。

その RV と RV の間で合意点を探る(ZOPA)ことになります。

また、合意が得られなかった場合に、医療として他に提示しうる選択肢(BATNA) を準備しておきます。その上で、患者さんにとって何が BATNA になりうるか?を会話の中で探っていくことになります。

ここで大事なことは、「患者さんを論破しない」ことです。つまり、患者さんとの話の場を、医療者側の「意見を通す」ための場にしないということです。一方的に「医学的な説明」をしてしまうと、それが正しければ正しいほど、患者さんは言葉が出せなくなりますし、医療者側も「医学的に正しくない意見」に耳を傾ける余裕をなくしてしまします。

患者さんを論破するのではなく、上記の交渉の枠組みを意識し、話し合いの場を俯瞰しながら、医学的に妥当性が有り、患者さんにとってよりよい結論が導き出せるように、「患者さん側の論点と意見の違いをあぶり出し、交渉の素材を増やす」ことに注力します。

準備は十分だったか?

さて、ここまでくれば、何を準備するのか? おわかり頂けたでしょうか。

上記の例でいえば、医療者にとっての RV は何でしょうか?

「医学的妥当性」という意味では、自宅療養を納得していただく、ということになります。今回のケースでは BATNA は難しい所ですが、「隠れた主訴」が不安、ということであれば、「夕方に再診」が BATNA になり得るかもしれませんせんし、自院で入院ができないのであれば、「入院ができる施設を探す」ことも状況によっては BATNA になりえますね。

患者側の RV は見た目は「点滴加療」ですが、経口補水液の存在を知らなければ、そちらが BATNA になり得るかもしれません。やはり「隠れた主訴」によってはRVもBATNAも変わってきます。

とはいえ、すべての状況を事前に想定することは困難ですが、交渉の枠組みを理解した上でそれぞれについて状況をまとめておくことで、全体を俯瞰し、より価値のある話し合いの場を想像することが可能になるのではないかと考えています。








小児科、小児集中治療室を中心に研修後、現在、救命救急センターに勤務しています。 全てのこども達が安心して暮らせる社会を作るべく、専門性と専門性の交差点で双方の価値を最大化していきます。 小児科専門医/救急科専門医/経営学修士(MBA)/日本DMAT隊員/災害時小児周産期リエゾン