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水仙は、咲いている。

机に座り、Bluetoothのキーボードに向き合って、文字をぱちぱちしている。

気づかないふりをしていたけど、さっきから膝のあたりを、がしがしと、だれかが引っ掻いている。

気にせずぱちぱちやる。
するとその がしがし が、
がしがしがし になり、
そしてさらに無視すると、
がしがしがしがしがしがし 
となってきたので、
あ、こりゃだめだ、
ということで、
机の下を覗きこんで言った。

「なに?」

机の下には、不安そうな顔つきのたぬきが一匹。
後ろ足で立ち、僕の膝のあたりを前足で がしがしがし 引っ掻いている。

「あのぅ…」

たぬきは申し訳なさそうに言う。

「なに?」

「あの、そろそろ、お続きを、そ、そのぅ…」

たぬきは後ろ足で立ったまま、前足で揉み手のようなことをしている。たぬきといっても子だぬきで、後ろ足で立つとやっと膝に前足が届くぐらい。その子だぬきが、僕の机のしたで揉み手をしている。

このたぬきのことは知ってる。
連載途中の小説に出てくる子だぬきの「熊鷹」だ。

つぎの回で登場する予定だったのだけど、noteの創作大賞応募のために記事を編集したり、「気球商団少年記」を書いていたりしたので、彼の登場する「つくね小隊、応答せよ、」は休眠させていた。
どうやら、熊鷹は、それの続きを、はやく書いてほしいらしい。

「うん。一応下書きではもう書いてるから。大丈夫だから」

僕は、ディスプレイに目を戻し、ぱちぱちと文字をうちながら、机のしたの熊鷹に言う。
熊鷹はそのことばを聞くと、黙りこんだ。ちらりと熊鷹をみると、目をうるうるとさせて小刻みにふるえている。

「なに?どうかしたん?」

文字をぱちぱちしながら熊鷹に訊くと、熊鷹は首をよこにぶるぶると振る。

「あ、いや、そ、その、もしかすっと、忘れられてるんかのう…って、その」

「いや、だから、忘れてないから。下書きも複数あるから。大丈夫だから」

「あ、そっ、そんなら大丈夫そうですね、ちょっと、仲間に頼んで、さぶりみなる的に思い出してもらおうとおもっちょったんですけんども、大丈夫そうですね」

「さぶり、あ、サブリミナルってことね。え?なんかやったん?」

熊鷹は机のしたから出てきて、机の横のソファにとびのり、ソファから机の横の台に飛び乗って話し出した。

「いや、その、たぬきをですね、思い出してもらおうち思いまして、その、仲間の子だぬきに、頼んだんです」

「なにを?」

「ほら、いまはいろんな人がさつえいをできる時代だということをきいておりますので、ちょっとこう、かわいいかんじで、そのひとまえにですね、現れてくんねだろか、ってその、お願いしたんですよ」

「かわいいかんじって…どんな…」

「ほら!ひとがですよ、出入りするような場所に、入りたそうにするあかちゃんのたぬき!かわいくないですか!そういう感じですよ!」

「つまり?」

「ひごろあんまりたぬきが出ねえようなとこに、たぬきのあかちゃんとかが出てけば、みんなさつえいするだろうな、と。そういうことなんですけども…」

「まあ、どうぶつのあかちゃんはだいたいかわいいけど、あ!もしかして、あの世田谷のたぬきのこと!?昨日みたよ!」

「そうです!阿波でやるより、東京さでやるほうがめずらしいかと思って、東京に便りだして、やってもろたんです」

僕は、そのあかちゃん狸の動画を検索する。

「あれ…でもこれ、撮影日去年やん。つじつまあわんやんね」

「まあでも、おらたちは天保のたぬきだから、去年も今年も別にたいしてかわんねぇというか、あらかじめ頼んでおいたというかそのなんというかとにかく」

「もういいからよ、とっとと書けよ」

別の声がしたのでそちらを向くと、緑のソファの上に大きな白い犬が時間をもて余したように寝そべっている。とても大きい犬なので、おとなふたりぶんのスペースをつかっている。あ、早太郎だ。

すると、ソファのまえのこたつがもぞもぞと動いた。つぎはなんだよ、と思って見つめていると、なかからぴょろこんっと茶色の生き物が飛び出した。熊鷹よりもおおきなたぬき。金長だ。

「で、つぎのシーンはどんなシーンでしたっけ?」

金長はあぐらをかきながら僕に訊く。
僕はぱちぱちしながら、視線をディスプレイに戻す。

「たしか、六右衛門が放った追っ手の四天王を、金長と大鷹で迎え撃とうとするんだけども、大将にもしものことがあったら俺は小松島に帰れないって言って、大鷹がひとりで四天王を相手にする場面」

金長は、ぽんとお腹を叩いて納得して、またこたつにもぞもぞと入っていった。いやそれだけかい。

視線の端に、クリーム色の生き物がうつった。キッチンの調理台のあたりに、なにかが座っている。勢揃いだ。

「どうも。いつもお仕事大変そうですねぇ。応援しておりますよ」

クリーム色の狐が、やさしそうに微笑みながら言った。

「うん。ありがと。で、みんなして、はやく続きを書け、とそういう感じ?」

僕はぱちぱちの手を止めて、四匹を見渡す。

早太郎は依然として暇そうな顔をして窓の外を眺めているが、狐とたぬきの二匹は、僕をみつめて頷いている。

「じゃあ、今日リリースするから」

やたーーーーーー!

熊鷹が飛び上がり、金長がふむふむと嬉しそうに頷いて、早太郎が鼻でため息をつく。

「それではわたくしどもは、物語のなかでお待ちしておりますね、では」

狐がそう言ってふわりと消えて、たぬきたちはなぜか二階へ駆け上がっていった。

早太郎はめんどくさそうに伸びをして、あくびをして、フローリングに爪をちかちかとぶつけながら部屋を出ていった。

僕はぱちぱちと、キーボードを叩く。




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