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ドラッグストア昔話 丗




門を通され、客間に座った爺は、出された茶を一口啜り、野菜の植えてある庭を眺めています。

さて、甚四郎は離れて手のひらを畳につけて座り、杢次郎と善右衛門は、となりの襖の隙間から、片目でそのなりゆきを見守っております。


そりゃ覗きたくもなりますよね、だって突然お城の偉い人が訪ねてくるんですから、ただごとじゃないですよ。なにか知らせがあるにせよ、それが、とっても良いことなのか、もしくはとっても悪いことなのか、どっちなのかわかりませんからね。


「久しぶりであるの、庄屋」

「はい、実に久しぶりでございます。あれより、6年ほど経ちましょうか」

「そうか、もう6年か。そうか、いや、しかし懐かしいのう、庄屋、あの時の立ち回りは見事であった。殿も酒を飲まれた時には、あの時のことを、たまに話されるときがある。あ、そうじゃ、あの時の、ほれ、石を投げる、ほれ、あの、なんだ、あの、そうっ、杢次郎は元気か」

それを聞いて、襖の奥の杢次郎がぴくりと反応します。不安そうな顔で、指折り、なにかを数えています。なにか悪いことをしたという心当たりがあるようです。小さいことで言えば、ツケがたまってるとか、誰かと喧嘩したなんてことがちょくちょくあるのです。杢次郎は、脂汗を垂らしはじめました。

「はい、それが、杢次郎は今、魚の虫にあたって、寝込んでおるところにございます。なにか、杢次郎にご用がございましたでしょうか」

「あ、いや、良い、思い出したら、つい懐かしくなっての。まあ、よろしく養生せよと伝えてくれ」

「かしこまりましてございます」

杢次郎は、襖の向こうで、ほっと胸を撫で下ろしました。


「それにしても、今日は突然訪れて、すまなんだな」

「いえ、そのようなことはございません。お越しいただくなどと、なんともありがたきことに存じます」

「うむ、庄屋、それでだな、今日は聞きたいことがあって参った」

「はい、私めが知るところであればお役にたちたく存じます」

「うむ、それではの、百姓の娘の、みちは達者にしておるか」

「え?あっ、はあ、はい、みちでございますか。はい、12になりまして、文字を覚え、書を読み、道行く旅の者たちに書物について、質問を浴びせかけておるようでございます。元気に育っておるようでございまする」

「ほう。そうか。12か。相変わらず面白い娘じゃの。元気そうでそれはなによりじゃ」

「はい、その、お聞きになりたいことというのは、みちのことでございましょうか?」

「そうだ。いや、実はな、今日は殿の命によって参ったのだ。」

「殿が、なんと?」

「みちの、望みを調べて参れ、と仰せつかった」

「え?みちの望み…というと、なんでまた?」

「うむ。わしも同じことを訊いた。すると、このようにお答えになった。」




お城でお殿様と爺が話しております。

「殿、みちの望み、と申しますと、また、なぜ?」

「爺、考えてもみよ。我が藩には、この飢饉で病気になった者も、死んだ者もおらぬ。だが、余所の藩ではどうだ。百姓たちが被害を受け、餓えて亡くなっておると聞く。百姓だけでなく、藩そのものが弱くなっておるのは目にみえておる。だが我が藩では逆に、食料を他藩に分け、人が集まり、産業が栄え、町が栄え、そして国が栄えておる。それらすべての発端は、なんじゃ。あの行李じゃ。」

「はあ、それで、みちに、なにか褒美を、とお考えでございましょうか」

「本当は、あの芋を作った老婆に褒美を与えたいところであるが、墓前に備える菓子よりも、みちに幸多かれという方が、老婆の菩提を弔うには良かろうと思ってな」

「確かに。それでは、使いの者を飛ばして、みちに望みを聞き取らせて参りましょう」

「いや、みちには内緒がよい」

「なぜでございましょう」

「爺、中身を知ってる包みより、中身を知らぬ包みの方が、開ける時にわくわくするであろう。しからば、内緒の方が面白いではないか」





甚四郎の屋敷。

爺と甚四郎が話しています。

「……ああ、なるほど。みちを、驚かし、喜ばせたいと」

「そうじゃ。にやにやと、楽しそうに、わしに話しておられたわい」

「はぁ、なるほど」

「それで、お主は、なにか聞いておらぬか?みちが欲しがっておるものやら、なにか、喜ぶようなものじゃ」

甚四郎は考え込みました。
そして、なにかを思い出したようです。すぐに女中を呼び、爺に訊ねました。

「会わせたいお方がいるのですが、この場にお呼びしてもよろしいでしょうか」

「おお、構わぬ」

甚四郎は、女中に、善右衛門を連れてくるように言いました。しばらくして、善右衛門が現れ、甚四郎は爺に紹介しました。

「このお方は、杢次郎の腹の虫を下してくださった、薬売りの善右衛門殿にございます」

「ごご、ご家老さま、薬売りの善右衛門と申しやす」

「ほう?薬売りか。うむ、楽にせよ。して、甚四郎、この者がどうかしたのか」

「はい、善右衛門殿も、みちに会ったことがございまして。善右衛門殿、その時のことをお話願えますかな」


善右衛門は、頷いて、緊張しながらも、爺に顛末を話しました。襖から、なりゆきを覗いていたので、善右衛門、話の飲み込みが早いですね。

旅をしながら薬を売る途中でこの国に立ち寄り、みざの村のみちに、養生訓や、他の書物についてたくさん質問を受けたこと。弟子にしてくれと頼まれたこと。ついて行きたいと言われたが、到底無理な話なので断り、城下へやってきたこと。そして偶然、杢次郎に薬を処方し、この屋敷に居たこと。

「ほう。またまた、みちのまわりには、面白き話がつきまとうておるの。この広い国のなかで、みちに引き留められた者が、杢次郎の虫下しの処方をするとはの」

爺は、楽しそうに笑ってから、善右衛門に訊きました。

「善右衛門、お主は弟子をとる気はないのか?」

「弟子でございますか。ま、まあ、あっしもそろそろちょっとゆっくりとしてみてえもんだな、弟子でも育てて、ゆくゆくは跡目を譲ろうか、とは、考えておったところなんですがね」

「では、先程申しておった、“弟子に取るのは無理”というのは、なにか訳があってのことか?」

「あ、それはまあ、あの娘の親御さんの了承もねえですし、何より百姓が勝手に薬屋やりてえっつって、藩の許可もなく、はい、いいですよやってください、ってわけにゃいけねえんじゃねえかってことでね、そりゃ無理だよおめえ、とみちには言ったんです、ええ」

「では、親と藩の許可があれば、お主としては、弟子にとっても良いということか?」

「あ、へい、そりゃ、もう、荷物も二倍は運べるとなると、儲けも倍になりやすから、そりゃもう助かるちゅうもんで」

「弟子に取れるということか?」

「はい、そいだけどもまあ、楽な仕事でもねえですし、本人の心意気次第でございますよ」

「そうか。よし、お主はいつまでこの国におる予定じゃ?」

「へい、明日には発つ予定でございますが」

「そうか、滞在費は藩で持つ故、もう少しこの藩に留まってはもらえぬか」

とんとん拍子に、みち不在のまま話が進んでいきます。百姓の娘ひとりのために、お殿様まで動くこの国は、まるでお伽の国のようじゃねえか、と善右衛門は思い、不思議な心持ちで、爺の提案を受け入れるのでした。













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