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「つくね小隊、応答せよ、」(54)

しゅぱああああんっ


北の方から、マシュー分隊のもとへ、一発の銃声が響いた。日本兵の使う三八式歩兵銃の銃声だ。全員が一瞬だけ身を伏せ、やがてお互いに顔を見合わせながらゆっくりと立ち上がる。どうやらかなり離れた場所のようだ。マシューは地図を取り出す。

「おい、耳のいいやつはいるか?」

マシューが振り向いて皆に訊くと、アロが一歩踏み出る。

「はい、いい方だと思います」

「位置は、わかるか」

マシューが地図を差し出すと、アロは地図を見て、音のした方角をイメージする。

「おそらく、このあたりだと思います」

アロが地図をマシューに返しながら、とある部分を指さすと、マシューは指差された場所を、指先で弾いた。海岸を北上していった先の森のなか、滝のあたりだ。

「よし、俺もこのあたりだと思う。お嬢ちゃんたち、日本人どもがプールパーティーを楽しんでいるらしい、参加するぞ」

マシューが大声で皆に伝達すると、皆は返事をして音のした方角へ向けて歩き出した。
マシューは小声でアロに言う。

「日本人の女の件は、結局わからずじまいだったな」

アロが目撃した日本人の女を探索に出たら、顔のないアメリカ人が出たり、大蛇が出たり、そして日本軍の銃声を聞いたりで、結局探索はうやむやになってしまっている。

「はい。でも、僕が見たあの女性は、見間違いでは、ないと思うんです。全員が見た、あのジョン・スミスと同じように」

「ああ。ジョンってやつが消えるのを目の前で見てたのは俺だ。あれが見間違いだっていう奴がいるんなら、そいつの尻を蹴りあげてオクラホマあたりまで飛ばしてやる」

アロはその軽口に少しだけ笑い、真面目な顔をして話しはじめた。

「ぼくの部族には、“宗教”と呼ばれるものが生活に根強く結び付いています。崇めるとか感謝するとかではなくて、それはもうそこにあるものだから、ぼくたちは宗教だとも思っていません。あたりまえに在るものなんです。
あの女性からは、なんだかそういったものを、すごく感じました。こういうことを言うと、精神錯乱で除隊になるのかもしれません、でも敢えて言います。あの女性は、人間じゃないんです」

マシューは何度か頷いて、皆を先に行かせながらアロの話を聞く。

「そうか。まあ俺は熱心なクリスチャンというわけでもねえんだが、人の信仰は尊重する。その女についてのお前の意見は、聞かなかったことにする。で、アロ、お前はどこの部族なんだ?」

マシューがそう聞くと、近くにいたチャーリーが話題に入ってきた。

「なあ、前から聞きたかったんだが、お前のおやじさんは、今も羽を頭に差して雄叫びあげながら馬に乗ってんのか?」

にやにやしながらチャーリーは言う。するとマシューが片方の眉毛をあげてそれをたしなめる。

「おい、チャーリー、同じ分隊のやつにそういう口のきき方をしてると、いざというときに見捨てられても文句は言えねえ。いいか、生き残りたきゃ、同じ分隊の人間に敬意を払え」

チャーリーは軽いジョークのつもりだったので、この展開に思ってもみなかったという顔をしている。そこへセルジオが入ってきた。

「チャーリー、お前はアイルランド系だろ?お前のひいひいじいさんも、イングランド人からたいがいの差別受けて、アメリカに来たはずだ。
移民してからは、先に移民してきたやつらに差別されて、さんざんだった。
だろ?
そして挙げ句の果てにひ孫のお前は先住民のアロを面白くもないジョークで侮辱する。世話ねえよな、先に住んでたのは、アロたちなのによ」

そう言ってセルジオは、お疲れさま、というようにチャーリーの背中をぽんぽんと叩く。ほんのちょっとしたジョークで言った言葉が、自分に跳ね返ってきて、チャーリーはばつの悪そうな顔をしている。

「いや、そんな、いや、そういう感じで言ったんじゃなくて、ちょっとした、こう、会話の糸口というか、その」

するとアロが肩をすくめて助け船を出した。

「気にしてないのでいいです、慣れっこです。
でも訂正はしておきます。羽をさして戦うのはほんの一部の部族だけです。そして移民たちと戦った部族もたくさんいますが、平和的に収めようとした部族もたくさんいます。
たくさん部族があるなかで、一緒くたにはされたくないというのが僕の気持ちです」

「いや、その、すまん、ただのジョークだったんだけど、すまん」

チャーリーが謝罪をする。
マシューは煙草に火をともしながら、もう一度アロに訊いた。

「で、アロはどこの部族なんだ?」

「ホピです」

「ほぉ?ホピ。聞いたことのない名だな」

「はい、あまり有名ではありませんね。かなり平和的な部族なので」

「俺たちが思ってる以上に、たくさんの部族があるってことだな?」

セルジオがタバコに火をつけながら言った。アロは頷いてから話し始める。

「はい。知っている部族より、知らない部族の方が多いかもしれません。そして、なくなってしまった部族もあると思います。
なくなったというより、もちろん、絶滅させられたんですけどね」

「ああ、気の毒なことだ。普通に生活してるだけで、俺たち移民に追い出され、戦って、殺されてよ」

全員が移民か、移民の子か孫のマシューたちは、どういう顔をしたらよいのかわからず、考えている。
アロは、そのまま続けた。

「はい。移民たちに、たくさんの部族の人間か殺されたし、そして部族の人間にも、たくさんの移民たちが殺されました。男も女も、年よりも、子供も。
移民と部族は、殺しあいました。
だから、アメリカは同化政策として、インディアン寄宿学校をさまざまな地域に建て、たくさんの部族の子たちを“再教育”しました。
戦って相手を殺すより、相手の文化を殺す方が安価だと考えたのでしょう。
でも、当時のホピの大人たちは、アメリカ政府が持参した入学同意書にサインすることに断固拒否したんです。
そこにサインをすれば、文化を殺され、ホピ族がいなくなることに気づいたんだと思うんです。
実際、いくつかの寄宿学校では、精神の病や伝染病などを発症し、何人もの部族の子が死にました。もしホピの長老があのときサインをしていたら、僕はいまここにいなかったかもしれません。
あ、なんか、喋りすぎちゃいましたね、すいません」

「いやいい、それにしても、アロ、じゃあなんでお前はこんな戦地にいるんだ?お前は、志願兵だろ?」
マシューが問いかけると、アロは胸を張って言う。

「はい、そうですよ」

「なんで、同化政策に応じなかった部族の若者が、こんなとこにいるんだ」

「とっても長い話です。
僕の父は、外の世界に憧れたそうです。
ホピのことも大事に思っていましたが、見たこともないあたらしい文化に対する興味の方が強かったんですね。
そして父は、何度もホピの長老たちと話を重ね、ホピと離れて生活することを許されました。
いつの時代にも、なにかを決める人間や、あたらしいことを行う人間がいます。僕の父はその役割だったというだけです。
父はアリゾナの町に住み、ホピに伝わる精霊たちの人形や、アクセサリーなどを売るようになり、やがて、同じ町にいたほかの部族の女性と結婚しました。それが僕の母です。
母はすでに、アメリカ人で、ぼくは学校へ通いました。
ぼくは、ホピの教えと、アメリカの教育を両方受けたんです。
ホピの男でもあり、アメリカ国民でもあり、アメリカ陸軍兵士でもあります。だから、国の危機に、ここにいます」

まだ幼さの残る若者が、自分の頭で考え、自分の意思でこの場所にいる。14才の子供のいるマシューは、アロの話を我が子のことのように聞いた。志願ではなく徴兵でやってきたチャーリーは、少し恥じたような顔をした。

マシュー分隊はゆっくりと海岸を北上し、やがて川を見つけ、森の中へと入ってゆく。

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