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「つくね小隊、応答せよ、」(廿伍)

朝捕まえたターシャの毛を、火で炙り、焼けた毛を銃剣で削ぎ落とす。硬くなった皮膚と、炭化した体毛と鋭い刃が、かりかりかりと乾いた音をたてる。ターシャのみぞおちの辺りに銃剣を突き立て、腹を裂き、内臓を出す。汲んできた塩水を少しかけ、ターシャの体をバナナの葉で何重にも包む。

焚き火を弱め、包んだ葉を入れ、上から葉で蓋をして蒸し焼きにする。

三人で煙を扇ぎ、煙が発見されないようにする。


一時間ほど、しっかりとターシャに火を通す。腹が減っているからと、慌てると、下痢と嘔吐でもっと腹が減ることになる。


あちあつつ と言いながら、バナナの葉を剥がしてゆくと、葉っぱの中に丸まったターシャがいる。三人、黙って手を合わせて、さっそくターシャにかぶりつく。細い骨がたくさんあるが、構わず骨ごと噛み砕いてゆく。


背骨を折ると、背骨の中に旨いゼリー状の汁がたまっている。三人、それを蜜を吸うようにちぱちぱと吸ってゆく。手足の部分も、しゃぶっているとスルメのような旨味が出てくる。噛むと、ばりぼりと生米を噛み砕くような音がするが、旨い。


最後には、頭蓋骨とバラバラになった背骨が残る。骨は草むらの中に捨てておく。すると、虫や動物たちが寄ってきて、さらにバラバラになる。


三人は焚き火の上に土をきれいにまぶし、足跡を消し、枯れ葉を撒き、何事もなかったかのようにそこを立ち去る。


まるで修行僧のように、それぞれが役割を静かにこなし、静かに食事をし、静かに後片付けをする。





「よし、あと四時間くらいで、滝の付近に到着するはずだ。あとはこの川沿いを歩いていけばいい。迷うこともないだろう」


渡邉が地図を見ながら言う。すると清水がぼーっとしながら呟く。


「なんかさ、無心になって歩いてたらさ、心が天保の阿波に行っちゃってんだよなぁ。

あれ、今俺、どこにいるんだっけ、って、何回もなって、あ、俺たち今、戦争しに来てるんだって、なんか、何度も、はっとして不思議な気持ちになる」


仲村がそれを聞いて何度も頷く。


「学徒ちゃんもそうなのね。体がやってることと別のことを頭にさせてると、時間があっという間に過ぎるよな。俺も、話してたら時間があっと言う間だわ」


渡邉も頷く。


「よし、じゃあ、仲村講談師、お続きをお頼み申します」


「おっ!渡邉上等兵の頼みとあらば断れませんぜ!

えっとぉ、藤の木寺の大鷹が、金長を逃がすために、一匹で四天王を相手にする場面だな。よし!



金長!悔しそうな顔で歯を食い縛る。

そして大鷹を残し、その場を立ち去るのでございました!


大鷹ならば、うまく戦って逃げのびてくれるだろうと、そう信じ、小松島へ加勢のたぬきを呼びに走るのでございます!」






「さてさて。津田の皆様、せっかくなんで本気でお願いしますよ」


大鷹がそう言うと、3匹は馬鹿にされたと感じ、苦虫を噛み潰したような顔をいたします。


大きな槍を構えた八兵衛、槍の切っ先を大鷹の喉へ向け、飛びかかる!


大鷹なんなくそれをかわす。

すると八兵衛、大鷹の背後の竹に両足で着地、竹の反動で大鷹の背後からまた一突き!


大鷹、後ろの気配に気づき、前を向いたまま背中に太刀を斜めに持ち、槍の切っ先を太刀の腹で受ける!


ぎづぃぃんっ!


火花が散って槍に押された大鷹!その勢いのまま、目の前で手裏剣を構える役右衛門に斬りかかる!


突かれた勢いを利用して斬りかかってくるとはまさに意表!

役右衛門、飛んで逃げながらふたつみっつ手裏剣を投げる!


大鷹、大太刀を小枝のように軽々と扱い、手裏剣を弾き、刀を構えている作右衛門の方へ!布団に仕掛けられた大鷹の針で目を潰され、片目で刀を構える作右衛門!ちちちんっ!と素早く手裏剣を切り捨てる!みっつの手裏剣全て斬られて、むっつになって地に落ちる!


「おっ!さすが津田の四天王だな、鉄を斬るとはお見事だ」


大鷹そう言いながら飛び上がり、次の手裏剣を構えようとする役右衛門を下から切り上げんとする!

役右衛門飛んだ先では逃げ場がない!

何やら云々呪文を唱えると、苦無が現れ、あやまたず豪雨のごとく大鷹へ一斉に降り注ぐ!


しゅばばばしゅばばばばばあん!


大鷹、大太刀を逆手に持ち替え、手のひらでぎゅるぎゅると回します!すると大太刀、まる白金の番傘!

苦無の雨を見事に弾く!!


ばちちちちちちちちちちちちちちちんっ!


大鷹、苦無を弾きながら、大太刀の番傘を役右衛門に突きつける!触れれば木っ端微塵のたぬきの挽き肉!役右衛門、大きな傘を変化で現し、ふわりと開いてぼわんと跳ね、たぬきの挽き肉をまぬがれる!

大鷹、役右衛門を諦め、刀を上段に構え、下で槍を構える八兵衛に、滝のように襲いかかる!


そして大鷹、片手で印を組み、弾いた苦無を

自らの周りに呼び寄せます!


苦無、一列になってまるで槍のありさま!一列の苦無が、槍を構えた八兵衛に竜のごとく襲いかかる!


大太刀の大鷹!

無数の苦無の槍!


同時に二つの攻撃は受けきれぬと、八兵衛、ぼむっ!と煙を現す!


苦無の槍!

すたたたたたたたたたんっ!

大鷹の大太刀!

ずだああああん!


大鷹の攻撃、八兵衛の煙を一瞬で蹴散らす!

しかし八兵衛の姿はなし!


大鷹、背後の気配に気づき、振り返りざまに大太刀を左から右上へ切り上げる!

背後で刀を構えた作右衛門、鼻先で大太刀の切っ先を避け、大鷹の左脇腹へ鋭い突きを放つ!

そして大鷹、その突きを自分の鞘に見事に仕舞うっ!

驚いたのは作右衛門!突きを完全に見切られて、鞘にしまわれるとは!

頭にきた作右衛門、歯ぎしりをして大鷹に掴みかかるっ!


大鷹くるりと身を翻し、作右衛門を柔術のように軽々と投げ、大きな木の幹に叩きつける!


ぐばぶっ!

血の交じる声をあげた作右衛門!


すると休む暇なく大鷹の首筋に、槍の一突きがかすめます!煙に消えた八兵衛の槍!


大鷹、首を少し動かし槍をよけますが、すぐに槍は横薙ぎに転じ、大鷹の耳をざくりと削ります!


そこへ頭上から役右衛門が両手の苦無で襲いかかる!


大鷹!苦無の細かな斬撃を全て大太刀で受けます!

しかしいつの間にやら大鷹のすぐそばにいた役右衛門の、素早い回し蹴りを顎に受ける!


がんごろごろろろろっ!


頭を何度か木や岩にぶつけながら、大鷹転げてゆく!



三匹、態勢を立て直し、うずくまる大鷹を見下ろします。



「くっそぉ、気、失ってたみてえだな…」


するとそこへ、九右衛門が現れます。最初に大鷹の蹴りを受け、藪の中で気を失っておった九右衛門です。


四匹揃ったが四天王。


そして頭を何箇所も打ち、耳を斬られ、うずくまる大鷹。


飛び道具の役右衛門、息をきらしながらうずくまる大鷹へ言葉を投げます。


「おい、おまえ、なかなかに、やるじゃねえかよ」


大鷹、血だらけの頭を振り、立ち上がりながら笑って応えます。


「ああ、そりゃどうも…ありがたいお言葉ですぜ…」


槍の八兵衞、真顔になって大鷹に言う。


「…おい、大鷹、お前が津田につけば、津田は四国を統一できる。

金長への恩や義理もあるだろうが、男一匹、野望を追いかけるってのも悪くねえだろ。お前の目は、そういう目をしてらあ。

誰かの右腕ってような顔じゃねえ。

俺から六右衛門さまに頼んでみる。

どうだ大鷹、俺らと一緒に、国をおさめねえか?


…おそらく、六右衛門さまは小松島へ総攻撃をしかけるだろう。お前のたちまわりによっては、小松島を救えるかもしれねえぞ。


ここで無駄死にするか、津田について金長の首一つで小松島の

たぬき全員を救うか、選べるのはお前、大鷹だけだ。

無駄死にするな、大鷹」


川島の九右衛門、作右衛門は黙っております。


「…ほう、なんともありがてえ申し出じゃねえか…」


大鷹、ぺっと、血を吐き出し口元を拭います。


頭を強く打っているのか、足元はふらつき、まっすぐ立っているのがやっとのようです。大太刀の鞘を杖にして、まるで酒に酔って気持ち良くなっているような顔つき。


大鷹は四匹に話しはじめる。



「俺はよ、おふくろと、ふたりで暮らす、ただの藪だぬきだった。気性だけ荒く、剣術も化け学も学んでねえ、ただのその辺のたぬきよ。ちょっとの子分従えて、井の中の蛙どころか、桶の蛙よ。



ある日、巣穴に戻ったらよ、なにやら巣穴の前が騒々しい。なんだと思ったら、冬眠前の大熊二頭。腹ごしらえにお袋を食おうとしてやがった。


俺は思わず声をあげたさ。なにやってんだてめえらってよ。自分は強い、熊ぐらいなんてことねえって思ってたのさ。


お袋は穴の中で、涙とよだれと鼻水まみれで泣き叫んでやがる。

大鷹いいんだ!大鷹!お前はお逃げ!

ってよ。


知ってるか?大熊はでけえぞ?

大熊が大太刀なら、たぬきの牙なんざ、爪楊枝ぐらいのもんさ。


大熊二頭は、ゆっくりこっちを見たよ。

あいつらは、ああ、なんだ、餌か、って顔して笑いやがった。

勝てねえって思った。俺は、後悔したよ、気づかねえふりして、逃げりゃよかったって…お袋見捨てて逃げりゃよかったってよ…

その時、思ったのさ、これが俺の本性、俺の姿だ。怖いもんの前に、お袋置いて逃げ出すような、臆病者なのよ、俺は。

で、そこに、大将が現れたってわけさ…。」

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