仕事を辞める話②──転石苔を生ぜず

前回[仕事を辞める話①──理屈と膏薬はどこにでも付く]の続き

退職の手続きが着々と進んでいる。退職後に住民税がどーんと来るらしい。怖い。見えない住民税の影に怯える日々である。

正直に言って、教員になるよりも、辞めるほうが難しかった。世の中には柵(しがらみ)というものがある。困ったときに助けてくれるのは他人なのだから、せめて円満に、義理を欠かずに退職したい──とおもうと余計に難しかった。まあ、お金の心配こそあるが、退職とは必ずしも悲観的な話ではないはずだ。もう緑色の顔で朝の電車に乗ることはない。だから、パーティーをしよう。a rolling stone gathers no mossである。転がれ。

退職の理由として、労働とそれに伴う対価が不釣り合いなことを挙げた。しかし、実は健康面でもかなりやられている。最も悩ましいのが睡眠障害である。中途覚醒が頻繁に起こり、睡眠の効率が非常に悪い。レム睡眠と覚醒を何度も繰り返すことになるので、10本立てくらいで夢を見ることもある。10本立てともなると、もはや超スペクタクル大作である。しかし、私ときたら、その細切れの夢の中でも仕事をしている。

このように、起きているほとんどの時間を仕事に費やし、夢の中でも仕事をする生活が続いた。体力的にきついのはもちろん、仕事以外の部分で全く膨らみの無い、無味乾燥な生活を送ってしまっていた。

これでいいのか、若者よ──と私が心の中で飼っているおじいちゃんが問いかける。若いうちには様々なことを経験するべきなのじゃ。実家ぐらしで上げ膳据え膳だから、生活力を高めるために一人暮らしへの強い憧れがあるのじゃな? 行動範囲の広がり=世界の広がりだから、自動車運転免許も取りたいのじゃな? 結婚へのプロセスとして、恋愛もしたいのじゃな? あわよくば、マルチクリエイターのような働き方でお金を稼いでいきたいのじゃな? なればよい。意志のあるところに道はできる。

強い光に包まれ、気がつけば私は退職届を持って校長室に立っていた。

ぼくは黄金のフリーターになろうとおもう。ただのフリーターではない。「黄金の」フリーターである。どのへんが黄金なのかと言うと、ちょっとよくわからないけど、まあただのフリーターではないと言うことだ。応援してください。住民税が怖いです。おわり。

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