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LEONE #52 〜どうかレオネとお呼びください〜 一章 第12話 2/2


ルチアーノだ。

セロンは直感した。

ルチアーノ。彼が直接来たのに間違いなかった。先ほど立ち上った火柱が、そしていま着陸しようとしている『ホワイトスカル』の戦艦がその証拠だった。

「はあ? あれはまたどうなってるんだ?」

クライドは眉をひそめ、遠くに降下する戦艦を眺めた。

ふたりともホコリにまみれ傷だらけだった。街中での爆発に乗じてギリギリその場から抜け出したが、その見返りに再び地面に転がったせいだった。カルビンのように壁に突っ込まなかったのが不幸中の幸いだった。

もちろんセロン・レオネの場合は、その戦艦が姿を現したときから、そのような些細なことはすっかり忘れてしまった。彼女は血が出るほど強く唇を噛んだ。

「……『グリームリパー号』」

「はあ?」

クライドの視線が自分の依頼者、『セイリン』嬢に向かった。『セイリン』、いや、セロンはさらに暗い顔でつぶやいた。

「……『ホワイトスカール』が、ルチアーノの直属の親衛隊が来たんだ。」

クライドは一瞬、彼女の話が理解できなかった。左に、右に、彼は全然かわいく見えないしぐさで首を動かした。

「ルチアーノ……ルチアーノ?」

「そう」

「……ボッシー・ルチアーノ?」

「そうだ」

セロン・レオネの表情はますます暗くなっていた。反面、クライドの顔はますます真っ白になっていった。やがてクライドが震える声で聞いた。

「……ま、まさか、お嬢様のせいで……?」

「そうだ」

セロンは再び肯定した。そしてしばらく間をおいて、短く付け加えた。

「彼は所有欲が強いから」

セロンはルチアーノの所有欲が、正確に何を目指しているのかわからなかった。

彼が単純に自分の体に欲情しているのか、それとも自分を精神的に屈服させて達成感を得ようとしているのか、そうでなければ組織の新しいボスとして危険要素を取り除こうとしているのか。

そのうちの一つの可能性もあり、それとも複数の可能性もあった。

そして事実そのものは、重要な問題ではなかった。本当に重要なのは、ルチアーノがセロンを狙う理由がいくらでもあるということあり、さらに彼自身が、直接動くほど執着しているということだった。

セロン・レオネはクライドの顔を見つめた。昨日この男は、ルチアーノのような怪物を相手するのは、頭がおかしくなったやつがすることだと、 一笑に付していた。

今はどうなんだろうか?

「おい、ビル・クライド」

セロンは微妙な気分を感じながら、話を始めた。

「先ほど貴様が言った質問をそのまま返してやろう。20億GDが大切か、それともお前の命が大切か? 僕はルチアーノがその手に入れようとしている身だ。あきらめるなら、今のうちだ」

さらに真っ白になったクライドの顔を見ながら、セロンは自分が感じた微妙な気分の正体に気づいた。

それは一種の快感だった。

相当悩むだろう。だが……。

20億GDをあきらめるか、それともボッシー・ルチアーノに追われる方を選ぶのか。

この男と出会ってから一日しか経っていないが、セロン・レオネにはなんとなくこの男が、どちらを選択するか分かるような気がした。そしてその選択に至るまで、この男が少なからぬ煩悩と苦痛に悩まされるということにも。

だからセロンは、しばらくクライドの煩悩と苦痛を満喫した。かすかな笑顔を口にくわえて、 彼が出す結論を待っていた。

やがてクライドの口が開いた。小さく開いた口からは、静かな悪口をつぶやいてるように聞こえた。

「クソ、クソ、クソ、クソッ……行きましょう!」

ハッ。

セロンは失笑とともに襟を正して足を運んだ。クライドも彼女の後に続く。歩きながらも、クライドは一瞬も止まらずに独り言をつぶやいた。

「ちくしょう、2億GDで満足するべきだった。2億GDなら、この時点で悩まずに逃げられたのに。しかし、20億……20億だったら……」

「命を賭けてみるだけの金だろう」

セロンは足を止めて冷たく彼の話を切った。その顔から一瞬の笑顔はすでに消えていた。その代わりというか、今度はクライドの口元が少し上がった。

「……へへっ。もう、少しは言葉が通じますね、お嬢様」

「二日あれば、お前のような人間の脳構造を把握するには十分過ぎる。いいから、金をもらいたければ、無事に抜け出す方法を考えろ」

「またちょっと褒めてあげたら調子に乗って……」

「なに?」

セロン・レオネが睨んできたけど、すでにクライドはほかの方向へ視線を向けた後だった。クライドの目は、あの遠く、少なくても一時間近くかかるような都心の空港を眺めていた。

クライドは、人差し指を立てて自分の額を軽くたたきながら、真剣な声でつぶやいた。

「賞金稼ぎがこの一帯を掌握してる状況なのにルチアーノまで……すでに都心は戦争直前だな。あの爆発から後、何の音も聞こえないからまだ戦争になったわけではないはずだが、大通りは行けないだろう」

セロン・レオネは近いうちに、もう一度自分の立場を分からせようと思いを強くしたが、今はそれをする場面ではなかった。彼女は2億GDが入ったカバンを強く抱きしめながら、ぶっきらぼうに彼の言葉に口を加えた。

「あたりまえでしょう。当然裏道に行かないと」

「しかし裏道を行っても、いつどこで待ち伏せしている賞金稼ぎたちと会うか分からないんですよね。フム……」

もうクライドは、額のしわの一本一本までくよくよしていた。

セロンの考えはすこし違った。当然、裏道に行っても、賞金稼ぎに襲撃される危険は存在する。しかしそんな危険は、大通りでルチアーノの暴動に巻き込まれるのに比べたら、少しの脅威にもならなかった。

「だからといって、空に飛んでいくわけにもいけないじゃないか。ある程度のリスクを背負わないと……」

「……空?」

クライドの目が細くなった。

「……空、空中……?」

その時点で、セロンは寒気が自分の体を襲ってくるのを感じた。

そしてセロン・レオネは、その寒気に何となく慣れてきていることに気づいた。それはまさに昨日、ふさがれた階段の前で、ビル・クライドが自分を肩に乗せる直前に感じた、まさにその寒気だった。

セロンは用心深くクライドの顔色をうかがった。まったく消えない不吉さを押さえながら、彼女は小さな声で聞いた。

「ビル……クライド?」

ビル・クライドは、そのときと同じように、彼女の声を聞いていなかった。彼は深刻な表情で、物思いにふけっていた。

「空、空……なるほど」

クライドが軽く頭をうなずいた。

「屋上だ」

セロンの顔から血の気が抜けていった。


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著者プロフィール チャン(CHYANG)。1990年、韓国、ソウル生まれ。大学在学中にこの作品を執筆。韓国ネット小説界で話題になる。
「公演、展示、フォーラムなど…忙しい人生を送りながら、暇を見つけて書いたのが『LEONE 〜どうか、レオネとお呼びください〜』です。私好みの想像の世界がこの中に込められています。読んでいただける皆様にも、どうか楽しい旅の時間にできたら嬉しいです。ありがとうございます」


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