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優雅で“観賞”的な独りの食卓(へんり)


「どうか家にいてください」

そんなお願いには「言われずともそのつもりさ!」とサムズアップしてみせたい。
私は基本的に休日は部屋から一歩も出ない。家でいくらでも楽しめてしまう真性インドアオタクだ。この大型連休も巣篭り上等、通常運転……と思いきや、こと偏愛方面においては「例年以上に」捗ってしまっている。

不謹慎と思われるかもしれないが、せっかくこんな機会を頂いたのだし聞いてほしい。Stay homeな昨今、オンライン飲み会などの盛り上がりも手伝って、私の密かな好物がネット上で大豊作だということを。

私の大好物。それは、人が食事をしている動画「ごはん動画」である。

「人がものを食べている様子」を主要な対象として撮影された動画を今回の「ごはん動画」と呼ぶ。
上掲のMVでは複数の女の子たちが「食べる姿」をメインに捉えている。


どうして「ごはん動画」を見始めたのか?

そもそも、私は「食事」が嫌いだ。
好きなものを語ろうという時に何を言い出すんだと怒らないでほしい。自分の好きに素直でいるためには、これを前提として話す必要がある。

正確に言えば「人」との食事がすごく苦手なのだ。
なぜなら「食事の場」には必ずコミュニケーションが付きまとう。相手が家族だろうと友人だろうと恋人だろうと関係ない。
コミュ障と言ってしまえばそれまでの話。他にも小食、偏食、左利き、細かな要因は色々あるけれども、要するに人を気にしすぎる性格のせいで楽しめない。
食べること自体は好きでも、人といるとストレスで味どころではなくなってしまう。
一人で好きなものを好きなだけ食べているときのみ、美味しく味わえる気がする。

さて、そんな私だが、どういうわけか「食事をしている人」を見るのは大好きなのだ。
人が食べているところは見たい。初めから終わりまで、なるべくじっくりと、全部見たい。ただし、そこに自分は居合わせたくない
けれど「私は一切会話をしないが、あなたが食べているところを見せてください」なんて持ちかけた日には、数少ない友人さえ失いかねない。あぁ、どうしたらいい?

ネットで「ごはん動画」を漁るようになったのは、そんな悩ましいジレンマを解消しようとした結果だった。
アイドルやアーティストのファンに例えるなら、ライブ会場には行かないが、ライブ映像を観るのが好きなタイプ。あるいは、動物の生々しい臭いなどから実際にふれあうのは苦手だが、猫ちゃん動画を見るのは大好き!といった感覚に近いと思う。


「物語」のない「生」を求めて

そんな私が求めるのは、限りなく「生」に近いありのままの「ごはん動画」だ。
ここでお気に入りの動画を1つ紹介しよう。

そう、別に「女の子がかわいく食べる」とかでなくて全然良い。
タイトル通り、ちょうど1分間のこの動画では、一人の男性配信者がチェーン店「小諸そば」の店内で揚げ茄子おろしそば(大盛)をたいらげる。彼は一言も言葉を発さない。聞こえてくる音は、ただそばをすする音と、奥で響く食器の音。そして店内BGMとして流れる「ポニーテールとシュシュ(和風アレンジ)」のみ。なんという無駄の無さだろう? 「侘び寂び」とはこういうことなのでは?

この動画の良さは「ただ食べているだけ」という点に尽きる。
無編集で、食事のはじめから終わりまでのすべてが収められている。なぜ写真でなく動画が良いのかという答えも、ここにある。リアルな「時間の流れ」を体感したいのだ。
1分で大盛そばを食べ切るスピードは凄まじいが、それを字幕や演出で強調するでもなくただ「一部始終」を切り取ったところが素晴らしい。YouTuber定番「今日は激辛ペヤングMAXENDを食べてみたいと思いまーす!」みたいな面白コンセプトは要らない
カメラと男性の距離が近いのもいい。スマホで撮影された画面の枠には、食べ物と食べる人のみが映っている。

「音」にも動画ならではの魅力がある。麺をすする音、飲み込む音、最後に皿を置くごとり、という音。どれもたまらない。
特定の音に癒しや快感を覚える、という意味では、所謂「音フェチ」の人々の間で楽しまれているASMR動画( 雨や波など自然の音、あるいは包丁で野菜を切る、食べ物を咀嚼するといった人の生活音を『聴く』ことを目的に集めた動画)にも通じるものがある。

そして、何より特別な「物語」がないことも安心して見られるポイントだと思う。
「物語」を摂取する行為は、精神的なカロリーをかなり消費する。私たちは「物語」に救われることもあれば、ときに再起不能なまでに打ちのめされてしまうこともあるだろう。
限りなく物語性を排した食事。そこに人がいて、食事があり、時間の流れがある。そして「私」はそこにいない。ただ画面越しに眺めているだけで、この上なく満たされ、安心するのだ。

投稿主の意図は分からないが、文句なし100点満点の「ごはん動画」だ。究極に疲れてしまった日の夜などにこの動画を延々リピートしている。


働き始めてから「ごはん動画」欲はますますエスカレートした。
職場で散々打ちのめされた後の休日に物語を摂取する気力はもはや残っていない。課金しているアマプラもhuluもdアニメストアもそっちのけで、YouTubeでごはん動画を延々と漁る日々を過ごしている。

オンラインサービスは、どこかの知らない誰かの食卓をいとも容易く私たちのスマホやPCの画面上に映し出す。加えて、テレビ露出の減った芸能人たちが次々とyoutuberデビューし、今日も食事配信をしてくれる。ごはん動画偏愛家にとっては、おいおい供給過多なんだが?みたいな状況だ。

いま、やむを得ず生まれている距離は、あなたにとって確かに煩わしい壁かもしれない。
けれども、そこにかえって救いみたいなものを見出せた人間もここにいる。
もちろんこんな不安な日々は早く終わって欲しい。ただ、またみんなが自由に集まって、気兼ねなくごはんを食べに行けるような日々が戻ってきても、偏愛腹の足しになる程度に「ごはん動画」文化が続いてくれることを願うばかりだ。

【今回の「偏愛」を語ってくれた人】 へんり twitter

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