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プレゼントを君だけに。

 12月24日の夜更けも夜更け、時計の表示が4時を指す頃。部屋の中に気配を感じて、私は目を覚ます。さすがに私も子供じゃない。入ってきたのがサンタクロースである可能性を真っ先に削除したうえで、ベッドの中で身構える。今の時代、どこで恨みを買っているか分かったものじゃない。これまでの元カレたち、その周りの女子たち…。あるいはうちの親、か。スマホは…よし、見つけた。確か防犯ブザーのように使えるアプリがあったはず。部屋の中の気配が…座った?動かない?何が目的なんだろう。私は毛布とベッドの隙間から部屋を窺う。徐々に薄暗さに目が慣れていく。暖かそうな服。多分赤い。白い縁取り。冗談みたいなふわふわ白髪と白い髭。
「うわ、サンタじゃん。」
「あ、うん。こんばんわ。」
 意外と言うには驚き成分の少ない私の声に、見た目に反して若い脱力系の声が返ってくる。コスプレ泥棒にしては慌てるでもないその感じに、とりあえず私はベッドから出ることにする。
「エアコン入れてくれる?そこのリモコンで。」
 カタツムリのようにベッドから手だけ伸ばして、サンタの目の前、テーブルに載った白いリモコンを指差す。
「あ、はいはい。喜んで。」
 迷いなくエアコンにリモコンを向け、電源を入れるサンタ。使い慣れているうえにどこに何があるか把握している雰囲気がある。
「え、怖。」
「初めての部屋でも迷いなく仕事できるように暗視と観察眼の訓練受けるんじゃよ。職業病、職業病。」

 部屋が温まるのを待って、私はベッドから出てルームライトをつける。
「うわ、サンタじゃん。」
「うん、サンタだね。」
「見つかって大丈夫なの?」
「今日は忍び込みミッションじゃないしね。」
「他の家行かなくて良いの?」
「僕、いやワシの今夜の担当はここだけなんじゃよ。」
 なんだか大学の友達と話すみたいなテンポで会話が進む。2人とも妙に落ち着いてしまっているのが可笑しい。
「プレゼント置きに来たんじゃなかったら、何の用?」
「あぁ、うん。えーと…クリスマス、知ってる?」
「そりゃ、知ってるでしょ。サンタも知ってるし。」
「そのクリスマスさ…君にあげるよ。」
 ちょっと何を言ってるのか分からない。サンタの表情は読めない。
「私にサンタになれってこと?」
「君はサンタになりたいの?」
「いや、だって、クリスマス、え、どういうこと?」
「サンタクロースなんて、ただの配送担当者じゃよ。」
「Amazonみたいなこと言っちゃったよ、この人。」
「君はクリスマスの最高責任者になるんじゃよ。君が望めばクリスマスは中止にもできるし、廃止にだってできる。全世界の子どもにプレゼント抜きの刑を執行することもできる。職権濫用すれば、推しに贔屓したプレゼントを届けることもできるし、全人類にプレゼントを届けることもできる。」
 サンタクロースは淡々と言葉を並べていく。並べた先で、顔を上げて、まっすぐに私に目を向ける。目が、合う。
「君はクリスマス、好きかい?」
 真っ直ぐな問いに、私は即答できない。サンタはぽつりと、煙草の煙を吐くようにぷかりと、言葉を吐く。
「クリスマスの原動力はね、感情なんだ。好きでも嫌いでも何でも良い。サンタを信じるとか、信じないとかも、プラスもマイナスも、全部ひっくるめてね。クリスマスというものに向かう感情がクリスマスを作ってるんだ。」
「わ、わた」
「うん。知ってる。いいよ。言ってごらんよ。」
「私、クリスマスが…大嫌い。」
 サンタは優しくうなずく。
「良いことなんて、何も無い。全然無い。友達には彼氏が出来て、私は彼氏が出来なくて、お化粧頑張って、バイトも、勉強も、頑張って、頑張って、頑張ったのに、私のところに良いことなんて、1つも届かない。クリスマスだけじゃない、全部嫌い。大嫌い!頑張れば報われるなんて嘘。私は…私だって…!」
 言葉が涙に乗って流れ出てくる。止まらない。なんで。なんで私ばっかり。クリスマスくらい、笑っていたかったのに。

 どれくらい経っただろう。いつの間にか、私にはサンタの上着がかけられていた。泣き疲れて少し意識が飛んでしまったのかもしれない。サンタクロースがまた口を開く。
「まぁ、クリスマスの最高責任者にならないかって話は冗談だったんだけどね。今日くらいは君の話し相手になろうかと思って。良いプレゼント、思い浮かばなかったから。」
 ははは、と笑って立ち上がろうとするサンタを見て、私の心が決まる。
「…になりなさい。」
「ん?」
「私の彼氏になりなさい!私はクリスマスの主、あんたの上司なんだから…!」
「パワハラが過ぎない?だいたい僕はほら、おじいさん…」
「声、若いじゃん。」
「そんなことは…あ、ボイチェン充電切れ?」
 私は急いでサンタに抱き着く。このチャンスを逃がしてなるものか。
「あんたが私のプレゼント。それで全部、許してあげる。」
「あーぁ…異動願い出さなきゃ。君が住む街の担当に。」

~FIN~

プレゼントを君だけに。(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:花梛
『君が住む街』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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