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君の傷口に苺を添えて。

「ごめんなさい、そういう風には見れないの」
 開花宣言、そして告白してから7日が過ぎた、そんな日の朝一番。俺は見事にフラれてしまった。DMの文面には、これからも変わらずに仲良くして欲しい旨が数行に渡って綴られ、私より良い子が見つかりますようにという誰に宛てたのかよく分からない励ましの言葉で締め括られていた。なるほど、これが就活名物『お祈りメール』というやつか。そして、あの子が書くにしては随分と流暢な日本語だ。これは今流行りのAIが書いた文なのかもしれない。そう思うと、笑いがこみあげてきてしまった。

「くっそ、よりによって何でお前がいるんだよ」
 大学構内、人目につかない穴場のお花見スポット。散りゆく桜を眺めながら自分を慰めよう、そう思ったのに。目の前にはビーチチェアに横たわって、全身を桜の花びらまみれにした友人がいる。組んだ手をアイマスクにして、気持ちよさそうにしている。
「なんでって、お花見だよ」
 担いできた折りたたみのビーチチェアを組み立てていると、隣から声が聞こえる。3分は経っていたし、聞こえていたとも思っていなかったから、自分のぼやきへの返事だと理解するまで、少し時間がかかってしまった。
「時期は過ぎてるだろ」
「僕は手の届く距離感が好きなんだよ。木の上に咲いている満開の桜も悪くはないけど、風に吹かれて舞い落ちてきてくれる、このくらいの時期の桜の方が好きなんだよね。ほら、桜がまるで絨毯みたい」
 あるいは、散らかり具合が安心する部屋みたい、などと続けて笑っている。アイマスクは解除していないのが妙に腹立たしい。
「お前の片付いてない部屋と一緒にするなよ」
「失礼だな。あぁいうインテリアだよ。無造作ヘアならぬ無造作部屋だよ」
「それが言いたいだけだろ」
 組み立てたビーチチェアに横になると、視界は桜の色にジャックされた。散り始めとは言え、まだ満開を少し過ぎた程度だ。むしろ、少し散ってしまった分、隙間から見える空の青さが桜の色をより際立たせている。
「お、何か良いものの気配がする」
 俺が傍らの紙袋を手に取ると、隣から催促の声がした。
「ドーナツ。食うか?」
 そのまま紙袋ごと差し出すと、やったーと言いながら1つ取り出してかじりついた。かじりついて、とんでもないことを口走った。
「まるで、甘い甘い君の恋心にぽっかり空いた穴みたいだね?」

「なんでお前がそれを知ってるんだよ」
「君の恋バナは、デボン紀に陸に上がった魚類のように」
「尾ひれ…っていうか、それじゃ足生えてるじゃねぇか」
「元気に飛び回ってたねぇ」
「おい、翼までついてんじゃねぇか」
「そりゃもう、あること無いことおっとっと」
「なんてこった…」
「まぁ、ほら。知らない方が幸せなことの方が多いよ、世の中」
「あぁ…、そうだな…」
 俺は諦めて、ドーナツをくわえたままで桜を眺める。隣の桜の妖怪も寝転がって桜を眺める。
「今何か失礼なこと考えたでしょ」
「考えてねぇよ」
「うそだ、笑ってるじゃん!」
「笑ってねぇよ!」
 思わず零れた笑みを咀嚼でごまかす。ちらりとのぞき見ると、頬を膨らませ、何ごとか考えながらもぐもぐと口を動かしている。
「ねぇ、心に空いた穴ってさぁ、いつまでもそのままじゃ寒くない?」
「どうだかなぁ。恋バナを野に放って究極進化させちまうようなヤツだと分かっちまった今となっては、心よりも頭が痛ぇよ。」
「まぁ、それはそれとしてさ。でも、実際のところ、それなりにスース―しちゃったから来たわけでしょ?桜とお日様と春の風で穴を埋めるためにさ」
「あと、ドーナツな」
「そうそう、ドーナツも」
 笑いながら、かじられてランドルト環みたいになったドーナツを見つめる。隣からはガサガサと音がして、紙袋からドーナツが奪われていく。どうせ1人では食べきれない量をやけになって買ってしまっていたから、丁度いい。食べかけのドーナツをガシガシと食べて、俺は穴を存在ごと消し去っていく。ここにある穴は全部消し去ってやろう。そう思って紙袋のある方を向くと、背中が見えた。何かごそごそやっているようだ。
「なんだ?腹でも痛いのか?」
 声をかけると、いそいそとこちらに向き直った。左手にドーナツを乗せ、よく見えるように突き出してくる。まるで手品師のようだ。
「なんだ?ドーナツがどうした?」
「ここに、甘い甘い穴が1つあります」
 もったいぶるように言いながら、右手がドーナツの上に乗せられる。
「穴はどんなものでも、塞ぐに限ります」
 言いながら右手をどけると、穴には赤いイチゴが1粒乗っていた。
「これでもう大丈夫。無事に穴は塞がりました」
 呆気に取られていると、手が伸びてきてイチゴ乗せドーナツを渡される。じっとそれを見つめていると、声が伸びてきた。
「僕が付き合ってあげよっか」
 桜の花びらが1つ、2人の間をゆっくりと舞い落ちていく。舞い落ちて、ドーナツの穴を埋めるイチゴに張り付いた。

~FIN~

君の傷口に苺を添えて。(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:花梛
『散らかり具合が安心する部屋』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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