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あといのあいだ

「ねぇ、あさぎー。来年も同じクラスになれるかなー」
「どうかねぇ。仲良し過ぎるとクラス分けられるらしいしなぁ」
 終業式の帰り道、3月にしてはいささか強過ぎる陽射しを受けながら、私たちは文字通りぶらぶらしていた。
「えー、そうなの!?やめて欲しいよね、そういうの!」
「付き合ってるのが先生達にバレると、わりと高い確率で離されるらしいよ。ただ、どっちか片方がうっかりすると不登校になるレベルの病みキャラだと離すのはリスクが高いから一緒にしとくとかなんとか」
 浅葱はスラスラと話すと、私と半分こしたチョコモナカを一口かじる。
「どこ情報よ、それー」
 妙にリアリティがあるその話は、毎年この時期になるとどこからともなくネットで流れてくる、流氷みたいなものだった。親が学校の先生やってる子が、コレはガチ!ってコメントしてたのを見た覚えがうっすらとある。そんな話があるもんだから、恋愛する側も大変だ。交際関係の情報を秘匿したり、あるいはわざとそれっぽい噂話を先生に耳打ちして情報操作したり、2人きりで遊びに行くにしても目撃されないように気を付けたりと必死だ。スパイものの映画やアニメがウケるのも分かる気がする。進路も恋愛も勉強も情報戦。ときに協力、ときに中立、ときに敵対。目の下にクマ作って勉強してないよーなんてバレバレの嘘、もはや時代遅れすぎて言う気にもなれない。
「ま、今年1年楽しかったしな。お前が出席番号、俺の次で良かったよ」
 入学式で隣に座ったことを思い出す。そのあと、教室では1つ後ろの席から一生懸命話しかけた。席替えまでに仲良くならなくちゃと必死だった。幸い、めんどくさがりの担任のおかげで、席替えは1度も行われず、私たちはとても仲良くなった。
「来年も出席番号、続くといいよねー」
「さすがにそれはなぁ。4組の阿部とか入って来たらおしまいだぞ?」
「たしかにー!阿部来るなー!」
 2人で笑い合う。今しばらくはこのままがいい。恋とか愛とかで壊れない程度のこのくらいの、出席番号で続いて並ぶくらいの、ちょうどいい距離感がいい。

「…っせき取りまーす。ほら、寝てる人は起きて、起きて」
 2人で笑う声の向こうから知らない声が聞こえてくる。
「伊瀬谷さーん、起きてー」
 私のことを呼ぶ声で目が覚める。いけない、寝ちゃってた。ガバッと頭を上げて見回すと私は教室の一番後ろ、出席番号で言えば一番最後の人が座る席についていた。あれ、席替えなんていつしたんだっけ。頭にはもやがかかったままだ。
「はい、それじゃ出席取りますねー。浅葱くん」
「はーい」
 遠くから聞こえる浅葱のちょっと気だるそうな返事。なぜかホッとする。同じクラスだ。斜め後ろからのアングルだけど見慣れた後ろ姿だ。むしろ横顔が見える分、このアングルもなかなか良いな…。そうだ、浅葱が呼ばれたんだから次は私だ。返事しなきゃ。
「芦田さん」
 誰だ!?そんなやつうちの学年に居たか!?
「はい」
「転校生さんでーす、みんな仲良くしてね。次、吾妻さん」
「はーい」
「校倉くん」
「うーっす」
 待て、ちょっと待て。なんだこれは。
「麻生くん」
「…はい」
 もしかしてこれは。
「足立くん…、厚木さん…、跡部さん…、穴山くん…」
 先生の声と返事が交互に続いていく。そのたびに浅葱の背中が遠ざかってぼやけていく。
「我孫子さん…、虻川くん…、阿部さん…」
 阿部そこ!?教室の真ん中くらいの場所から聞こえたぞ!?
「天野くん…、新井くん…、有田くん…、淡島さん…」
 遠くで芦田とやらが浅葱に話しかけている。やめろ、今出席取ってんだぞ、私語は慎め。違うそうじゃない。
「安西くん…、飯田さん…、居内さん…、家崎さん…」
 そこは私の場所だ。そこは私だけの場所だ。
「井岡くん…、碇さん…、壱岐くん…、生澤くん…」
 浅葱も楽しそうに笑うな。やめろ。やめてくれ。
「池田さん…、生駒くん…、伊佐見さん…」
 返事の声が徐々に近付いてくる。
「石田くん…、泉さん…」
 教室の反対側が見えないくらい遠い。

「伊瀬谷さん」

「あさぎ!」
 自分の声に驚いて目が覚める。薄暗い自分の部屋。
「夢…?」
 夢の中で夢を見ていた?これは現実?あわてて頬をつねると指先が濡れる。ちゃんと痛い。ほっとしながらスマホを見ると朝の5時。今日は始業式で、新しいクラスが発表される。とっさに夢を思い出す。それだけで胸が苦しい。"あ"と"い"の間に誰か入るなんて無いと思ってた。甘かった。あんなのはダメ。阿部1人にだって入って欲しくない。そもそも別なクラスになったらどうしよう。浅葱は新しく後ろになった人にも、私と同じように接するのだろうか。そんなの我慢できない。絶対に嫌だ。

「あさぎー!」
「おーっす。早くクラス見に行こうぜ」
「その前にちょっと耳貸して!早く!」
「なになに」
 私は少し背伸びして、両手で作ったメガホンを浅葱の耳に被せた。

「大好き。私と付き合って」

~FIN~

あといのあいだ(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:花梛
『夢の中で夢を見ていた』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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