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放課後ホッチキス。

「珈琲と紅茶、どっちが好き?」
「紅茶、かな」
 互いの手元から響くホチキスを留める音がメトロノームのようにリズムを刻む。それに乗せるような二択は、集中していたはずの僕の口を滑らせた。
「そうなんだ?」
「ブラックは無理。カフェオレなら何とか」
「んじゃ、おにぎりとおむすびどっちが好き?」
 子供っぽいとからかわれるかと思いきや、また質問が飛んでくる。
「待って、それ同じものじゃない?」
「語感とか雰囲気とか、なんかこうあるじゃない」
「んじゃ、おむすび」
「私は付き合う前にアピールするならおむすびかなー」
「何の話?」
「付き合う前のお出かけでお弁当作るときはおむすびって呼ぶことにしてるのよ。なんか縁起が良いじゃない。縁が結ばれますようにって」
「おばあちゃんみた痛ッッて!?」
 作業している机の下、向かい側からの攻撃がスネにクリーンヒットする。
「逆に付き合ったあとはおにぎりかなー。なんかこう、手と手を握り合ってる感じがエモいじゃない?」
 僕はスネをさすっていてそれどころじゃない。ブーツはダメだ。攻撃力が高すぎる。
「ちょっと作業止まってますけどー?」
「誰の…あ、いや、なんでもないです」
 ホチキスを手に取って作業を再開すると、また質問がやってくる。
「剣と魔法」
「魔法」
「ちょっと、最後まで言わせなさいよ」
「どっちが好き、でしょ?分かってるし」
「どっちが嫌い?かもしれないでしょ!」
「そうなの?」
「もういいわよ、もう!マグロとサーモン!」
「サーモン」
「犬と猫!」
「うーん…。猫」
「ナシとリンゴ!」
「リンゴ」
 パチン、パチンと音を立てながら、僕らは問答を繰り返す。
「ご飯とパン!」
「基本、ご飯」
「夏と冬!」
「ふー…ゆ」
「何、今の間!」
「いや、夏も悪くないなって思ったんだけど、やっぱり冬かなと思って」
「決め手は?」
「雪とか薄暗い感じとか寂しい感じとか」
「ぼっち感ハンパないわね」
「感っていうか、ぼっちだし」
 パチン、パチン。カキーン。野球部の打音がタイミング良く混ざる。
「シュークリームとチーズケーキ!」
「いや、対立してないでしょ、それ」
「んじゃ、アップルパイとショートケーキ!」
「それも対立してなくない?好きなの?」
「ケーキなら何でも」
「それはすさまじい」
「女子ならそんなもんでしょ?」
「いや、さすがに好みとか苦手な食材とか無い?」
「あ!ウニは苦手かも」
「ケーキの話なのでは…」
「そうなの?」
 ウニが軍艦のように乗せられたケーキを思い浮かべそうになって、慌てて首を振る。さすがにありえない。
「私はネギトロ派よ」
「あぁ、僕も」
「さっきサーモンって言ってたじゃない」
「ネギトロは別カテゴリーじゃん」
 僕らは止まらずリズムを刻む。
「仏教とキリスト教」
「うちは浄土真宗」
「塩と砂糖」
「時と場合と料理の内容によるでしょ」
「朝と夜」
「どちらかと言えば夜」
「カラオケとゲーセン」
「大人数ならどっちもノーセンキュー」
「友情と恋愛」
「ご縁があるならどちらも尊いと思うよ」
 わんこそばのように次々と天秤に乗せられていくものを僕は頭を通さずにさばいていく。
「醤油か味噌か」
「塩ラーメン原理主義」
「仮面ライダーとウルトラマン」
「助けてくれるなら贅沢は言わないよ」
「プリキュアと」
「どっちも見たことないなぁ」
「サイトウとサトウ」
「それは好きも嫌いも無くない?」
「ステーキと焼き肉」
「厚切りをじっくり育てたい派」
「火属性と水属性」
「水属性かなぁ」
 仕事は印刷された分のプリントが無くなるまで。紙の束はやっと半分を過ぎたくらいだろうか。
「数学と英語」
「どっちも苦手だけど数学の方がマシ」
「オレンジとレモン」
「レモン」
「こたつとみかん」
「そいつらはセットでしょ」
 パスッ。ホチキスから空気の音がする。あぁ、弾切れか。
「じゃぁ」

「ユカとサトミ」
「サトミ」

 …ん?今のはなんだ?今、僕は何をさばいた?彼女は今、何を天秤に乗せてきた?
「あ、針切れちゃった」
「あ、こっちも」
 僕は何ごとも無かったかのように、手近にあるホチキス針の箱から新しい針を出す。2つで1組になっているそれをつまみ上げ、慎重に分けて、片方を開かれた彼女のてのひらに乗せる。
「ありがと」
「どういたしまして」
「ねぇ」
「なに?」
 僕たちはホチキスに新しい針をセットすると、また作業を再開する。心臓の音のように一定のリズムで、紙束が針で綴じられていく。
「あり?なし?」
「目的語が無いのはさすがに」
「すき?きらい?」
「いや、だからね」

「私は、あり」
 向こうの音が止まっている。
「私も、すき」
 僕の手も止まる。

「早く、終わらせようか」
 パチン。僕は手を動かした。
「ケーキとおにぎり、どっちが良い?」
 ガスッ。さっきとは反対のスネに向かい側から良いのが入る。
「…両方」
 顔を赤らめながら彼女は言って、ホチキスを握り込んだ。パチン、パチン。僕らは少しうるさい心臓の音をごまかすようにリズムを刻んだ。

~FIN~

放課後ホッチキス。(2000字)
【シロクマ文芸部参加作品 & One Phrase To Story 企画作品】
シロクマ文芸部お題:「珈琲と」から始まる小説 ( 小牧幸助 様 )
コアフレーズ提供:花梛
『おにぎりとおむすびどっちが好き?』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
シロクマ文芸部、参加させていただきました。
少し遅刻ですが、許してください…!
ここまでお読みいただいてありがとうございました!

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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