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闇と孤独に怯えるクー・フリンの物語――コミック『HOUND』の紹介

今回は、アイルランド発のコミック『HOUND』について紹介しよう。例に漏れずガバガバ解説なので注意。

『HOUND』とは?


『HOUND』とは、アイルランドの英雄クー・フリンの物語を、アイルランドのアーティスト、ポール・ボルガーとバリー・デブリンが美しいビジュアルで描く全3巻のコミックである。

クー・フリンやメイヴ、フェルディアなどお馴染みのキャラクターたちも勢ぞろいだが、本作は伝承を斬新に再構成しており、誰も見たことがない「ダークな」クー・フリン伝説を描き出している。

キャラクターは当時の生活様式や服飾に則ってデザインされており、コミックファンのみならず、ケルト美術に興味がある人にも非常に楽しめる作りになっている。眺めているだけでも楽しいので、英語が読めなくても問題ないだろう。

コミックは全ページフルカラーという豪華仕様だが、使われている色は「赤・黒・白」の三色のみ。『HOUND』では生首がしょっちゅう飛んだり千切れたり刺さったりするのだが、それらの残虐な描写がより映える仕掛けになっているのだ。

大体のあらすじ


クー・フリンといえば、英雄神(作中では太陽神)ルグの息子で、故郷のアルスターでロイグやコナルなどの友に囲まれながら健やかに育つ…そんなイメージがあるだろう。

しかしこのコミックは違う。
産まれてすぐ女神モリガンに誘拐される。

『HOUND』はストーリーラインは基本的に伝承と同じだが、大きく違うのは「モリガンが最初から最後まで敵である」点だろう。

このモリガンがえげつない悪役で、めちゃくちゃ強い、精神攻撃お手のもの、神だから対処不能という超ムカつくカラスなのだ。モリガンがあの手この手でクー・フリンを追い詰めていく様は、読んでいるこちらも震え上がってしまうほど。

『HOUND』のクー・フリンは、赤ん坊のころにモリガンに誘拐・洗脳され、アルスターに戻った後も「モリガンの呪い」こと殺人衝動に怯え続けることになる。そして戦場の孤独に耐え切れず苦しみ、お母さんズラしたモリガンに日々煽られ、身体的精神的に生涯苦しみ抜く運命にあるのだ。作者はクー・フリンに恨みでもあるのか? というレベルの不幸っぷりである。

基本的には伝承と同じストーリーなため、仲良しのフェルディアも息子コンラも容赦なく死ぬし、クー・フリンも最終的には柱に体を縛り付けて死ぬ。それでも伝承のクー・フリンは強く明るく生きていくわけだが、本作には明るさも救いも一切ない。クー・フリン伝説の「暗い側面」を、深く濃く抽出した作品と言えるだろう。

果たしてクー・フリンは女神モリガンに、そして自らの心の闇に打ち勝つことができるのか? 本作は、伝承では深く描かれなかった「クー・フリンという一人の人間」の弱い部分を、見事に暴き出した作品なのだ。

ちなみに、全3巻の大まかな内容はこちらで読める。超ネタバレなので注意。

主な登場人物


①クー・フリン
身も心もボロボロの超強いおっさん。時々目が真っ赤になって女子供見境なく首チョンパしちゃうが、何もかもモリガンってやつのせいなんだ。人生に疲れてるがやることはやる(不倫)。エウェルが心の支え。

②フェルディア
クー・フリンのマブダチ。メイヴとかいうパワハラ上司のもとで働いてるうちに毛根が貧弱になった。多分このコミックで一番の常識人。えっちな身体検査をされたりする。

③エウェル
クー・フリンの妻。伝承と変わらない美人で気立ての良い奥さんだが、不倫で出来た子供には厳しい。クー・フリンの精神状態を日々気遣っている。

④コンホヴァル
クー・フリンの友達兼上司兼親。この地獄のようなHOUND界においてノリがほとんど伝承と変わらない。フェルディアを殺したばかりのクー・フリンに「マジお前ヒーロー!」と言ってしまうナチュラル畜生だが、時々かっこいい一面も見せる映画版ジャイアンのようなじいさん。

⑤モリガン
ラスボス。クー・フリンを愛しすぎた結果毒親に進化した。「あんたには友達も恋人もいらん、戦争だけがあればいい」という教育方針。凄まじい煽り力でクー・フリンのメンタルをバキバキに折るのが趣味。

⑥メイヴ
敵。コンホヴァルと同じくノリがほとんど伝承と変わらないおばさん。ノーメイクだとおそらく作中一の美人。

どこで買える?


「HOUND面白そう! 買いたいな」と思った方に残念なお知らせだが、現状日本で購入することはできない。コミック自体は公式サイトで購入可能だが、2018年6月にショップがリニューアルオープンして以降、日本は配送対象外になってしまった。

eBayに出品されるのを待つか、アイルランドの中古本屋をしらみつぶしに回るか、あらゆるコネを駆使するしか方法はない。残念至極である。


…余談だがこの『HOUND』、どうやら映像化の計画もあるらしい。元々『HOUND』は映画作品だったのだが、資金が集まらなかったため、とりあえずコミックを出して映画化への足掛かりにしよう…という事情があったようだ。

クー・フリンの映画はこれまでも何度か企画が立ち上がっているが、ことごとく立ち消えになっている。『HOUND』こそは映画化実現してほしいものだが、道のりは果てしなく険しい。とりあえず作者は、日本のクー・フリンオタクにコミックを売りまくるところから始めるべきだろう。誰か作者に言ってきてほしい(他力本願)。


『HOUND』公式サイトはこちら


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