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いまさら真面目に読む『美味しんぼ』各話感想 第1話「豆腐と水」

 「初期の『美味しんぼ』からしか得られない栄養素がある…そんなSNSの噂を検証するべく、特派員(私)はジャングル(LINEマンガで30話ほど無料!)へ向かった…

■ あらすじ

 『美味しんぼ』サーガの始まり。業界最大手の東西新聞社が、創立百周年記念事業として社主の肝いり企画である「究極のメニュー」づくりをのため、担当を選抜する試験を行う。
 「究極のメニュー」とは、「世界のあらゆる美味珍味の中からよりすぐった、後世に残す文化遺産としてのメニュー」だ。なぜ料理のメニューが文化遺産たりうるのか。「人類の文化は食の文化でもある。」からと社主の大原大蔵が断言する。当時の日本は、あらゆるところの食材が手に入るようになり、多彩な食文化を体験することが出来るようになった歴史上の初めての国であった。その日本で、「世界のあらゆる美味珍味」をよりすぐってメニューを残す、なるほど日本の新聞社が文化遺産の紹介や保存、継承を行うにあたり「料理」を据えたのはそういう意義があったのか。大原社主は時代を掴む能力を持っていると思うし、さすがは大新聞社の長だと唸らされる。
 さて、選抜試験にはおそらく東西新聞社文化部の全員が集まった。その中で合格したのは新入社員の栗田ゆう子と、社内きってのぐうたら社員(不良?)山岡士郎だった。この2人がこれから「究極のメニュー」づくりに奔走したりしなかったりするのだが、それはまた別のお話…

『美味しんぼ』 第1話より 初期栗田は可愛すぎる

■ 試験の内容

 この選抜試験の内容は、サブタイトルにもある「豆腐と水」。3種の豆腐、水それぞれの産地を当てろというものであった。産地のヒントは出されているものの、これはかなりの難問だ。豆腐は①スーパーの豆腐、②上野の名店の豆腐、③京都の名店の豆腐。水は①水道水、②試験会場となった料亭の井戸水、③丹沢の鉱泉水。どれも非常に難しい。
 水については③丹沢の鉱泉水は硬水だろうからわかるかもしれない…と思って調べてみると、丹沢の水の硬度はおおよそ89~100度で、硬いというほどでもない「軟水~中程度の硬水」だ。現在の東京の水道水は60度前後で、硬度について飲んで違いがわかるか…といわれると難しい。エビアンやコントレックスくらいならわかるけど、この差はあまりにも微妙だ。昔は東京の水道水はドブのような匂いがしたと聞いたことがあるけど、今ではそれなりに美味しい。
 この試験に明確な理由をもって正解した栗田と山岡は本当にすごいと思う。

■ 谷村部長と山岡

 試験中、試験を主催する谷村部長が山岡に向ける眼差しが厳しい。

『美味しんぼ』 第1話より 山岡にアタリのツヨい谷村部長寄せ集め

 これがちょっとした伏線なのだが、谷村部長は山岡の能力をこの時点で認めていて、誰よりも出来るはずなのにその能力を発揮しようとしない姿勢に苛立ったのだろう。こんな厳しい表情をする谷村部長は他で見ることが出来ない。谷村部長にとっては、この試験は実質山岡を抜擢するための仕掛けであって、新入社員の栗田も合格したことは棚からぼた餅的なものだっただろう。

■ コンビ誕生

 …ということで、「究極のメニュー」づくりに挑む栗田・山岡のコンビが誕生し、これからその業務に邁進する…のかもしれないというところでこの話は終わる。

『美味しんぼ』 第1話より

 ■ 新入社員栗田の扱い

 新入社員(入社3日目)の栗田の扱いにとても時代を感じる。栗田は大学で社会学を修めたうえで東西新聞に入社したのだが、お茶くみやコピー、テープ起こしや原稿用紙を取りに行くなどの小間使いをさせられている。その用事を命じている先輩社員も暇が無いようには見えない。集合研修もなくいきなり配属先に放り込まれるのも不憫だし、OJTメンターも付かない。そんな環境でも栗田は健気に、朝誰よりも早く出社し、先輩社員の机を拭き用具を整えるなど涙ぐましい努力をしている。彼女の味方になってくれるのは、先輩の女性社員、田畑さんと花村さんだ。「女性同士助け合おう」ということで、仕事を教えてくれるわけではないが、不遇をかこつ者同士せめて連帯しようというということだ。「男性社員の小間使いじゃないんだから…女子社員にも自分の才能を発揮する仕事が与えられるべきなのよ。」と田畑さん。このあたり、1980年代の問題意識が素直に出ていると思う。国連で女子差別撤廃条約が採択されたのが1979年、本邦で「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」(雇用機会均等法)の施行が1986年のことである。まさに、栗田・田畑・花村の文化部女性三人衆はウーマンリブの最中を生きているのだ。
  こういう、時代の息吹や、それに対する著者の考えが1コマで香る。この1話は大変素晴らしい。まだ食べ物の話が本格的に出てこないにも関わらず、大変に「入り込む」ことができる作品だと思う。


■ 今さら読む『美味しんぼ』

  たぶん初期の『美味しんぼ』からしか得られない栄養素とは、このような時代のエッセンスや息吹なんだろうと思う。
  真剣に読んで損はしないのではないか、そう考えてこれから1話ごとに私見を交えつつ読んで感想をアップしていきたい。

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