「月明かりの魔女に恋をした」1話

あらすじ

細胞の突然変異により、呼吸ではなく、周囲の生命力を吸って吐くことが生命維持に欠かせなくなった少女。
魔法の概念もなく科学的に立証されていない世界では、少女はただ近くにいるだけで周囲に不調をもたらす存在として周りから忌み嫌われ隔離されていた。

そんな少女も月が明るい夜には、植物の光合成さながらに生命力を体内で合成できる。
自身で合成した生命力を呼吸するため、月夜だけは普通の女の子でいられるのだが、もちろん誰もそのことは知らない。

そんなある日の夜、偶然にも少女は一人の少年と鉢合わせる。
これは忌み子として呪われた少女と、月に照らされた彼女に一目惚れした少年の、夜にしか会えない物語。

見惚れていた。

どれぐらいの時間見つめ合っていただろうか。時間を忘れるほど女の子と見つめ合ったのは初めてである。
こういうのを世間では一目惚れと呼ぶのだろうか。

雲間から差し込む月明かり。
それに照らされた彼女は淡く、しかしはっきりと発光していた。比喩表現ではなく文字通り。その綺麗な輝きに、僕の目は思わず吸い寄せられてしまっていた。

彼女がなぜ光っているのかわからない。いや、そもそも本当に光っているのだろうか。あの子が綺麗で、ついついそう見えるように脳が錯覚しているだけではないのだろうか。 

「あうあぁ?」

しかし、彼女が発するものがおよそ言葉とは言い難いことに気付きハッと我に返る。

ーーあの家には魔女が住んでいる。だから決して近づくな。

小さな頃から親にずっとそう言い聞かせられてきた。
お前は賢いから大丈夫だと思うけど。という前置きを置いて。だが、それを「はい、そうですか」とそのまま鵜呑みにする方が馬鹿ではないだろうか。そう思う。
しかし、僕はそんな馬鹿じゃない。魔女とやらをこの目で拝むまではそれが本当に危険かどうかなんて判断できなかった。

それにあれは「家」だなんてとても呼べない。完全に牢屋だ。僕と年も変わらない少女をそんなところに幽閉する大人達の方が常軌を逸している。正義の味方がいたとしたらきっとそいつはその子のことを救い出してくれるだろうか。
でもクラスのみんなは大人達の言う事を真に受けている。魔女の話を出した日にゃクラスの輪から外れてしまう。町全体が魔女と呼ばれる少女のことを煙たがっていたのだ。
だから僕は誰にも告げずに一人で魔女に会いに行った。この町の異様な慣習をぶち壊すために。ヒーローになるために。

家族皆が寝静まった頃合いを見計らって家を出る。普段いい子にしていたからだろうか。両親は僕が夜遅くに人目を忍んで家を抜け出すなんて思ってもいないのだろう。家を出ること自体はすんなりと出来た。
しかし、自分で決めたこととはいえ、多少の良心が痛む気持ちはあった。

「ごめんなさい」

心の中でそっとそう呟きながら玄関をあとにした。

今日は満月らしい。雲間に遮られてはいるが、時々顔を出すその光のおかげで思っていたよりも明るい。それがまた僕の気持ちを昂らせた。
初めての深夜徘徊。もちろん不安もあったが足取りは軽かった。そうして10分ほど歩いただろうか。

隣家が建ち並ぶところから少し外れたところに、家とは言い難いそれは建っていた。閑散とした場所ぽつんと。
実際に近くまで来るのは初めてだ。周囲に見張りらしき人影は見当たらない。みんな煙たがっているのだから当たり前か。

いざ目の前までくると緊張が走る。そんな僕の気持ちに呼応するかのように、ちょうど大きな雲が空を覆っていた。おかげで暗がりの中に佇む牢屋の異質さはより一層際立ち、一歩一歩踏み進む足が徐々に重くなっていくのを感じた。

まだだ。まだ魔女を確認していない。それなのに怯えていては、あの大人達と何も変わらないだろう。そう自分に言い聞かせ、手で叩いて重い足を前に動かす。静かな中、自分の足音とつばを飲む音だけが嫌に大きく聞こえた。

近づいて行くと、正面に見える壁には、僕の背より少し高い位置に鉄格子があった。そのためそのままじゃ室内を見渡すことはできなかった。

何か上に乗れる台があればここから覗けるかもしれない。あたりを見回してみる。すると建物の横にちょうど良さげな木箱を発見した。これを窓の真下に持っていけば中が覗けそうだ。

そう思い、木箱に近づいてみると、そのすぐそばには大きな扉が見えた。この牢屋の入り口であるが、見るからに重々しい。そしてやはり厳重に鍵がかけられている。

魔女を一目見るだけ。そう考えていただけだ。だからそもそも正面切って入り口から入ろうとまでは思っていなかった。

なので、当初の予定通り、扉は無視して木箱を持ち上げる。中には何も入っていないのか、すんなりと持ち上がった。軽々と持ち上がった木箱のせいで思わず気持ちが緩む。そのため迂闊にも持ち上げる際に声が出てしまった。

「よいしょ」

やばい。やばいやばい。
自分の心臓の音が早まるのがわかる。

「うあぁ……?」

建物内から声が聞こえてきた。思わずつばを飲む。

気付かれた。しかし、聞こえてくるそれは言葉になっていなかった。それがまた不気味さを強める。

本当に魔女なのだろうか。人間じゃないのか。いや、魔女だとしても化け物ではない。人間のはずだ。それなら言葉を話すはずである。

相見えようとしていた存在がなんなのかわからなくなり一気に恐怖心が募る。
震える脚を無理矢理にでも抑えて、恐る恐る木箱の上に乗る。
そして慎重に、なにか起きたら急いで逃げれる体制を整えながらゆっくりと鉄格子の中を覗きこんだ。
しかし、僕の警戒心とは裏腹に、そこには可憐な少女が床にぺたんと座り込んでいただけだった。

その少女は風呂になんて入れさせてもらえてないのであろう。ボロ布を纏っており、よく見れば小汚さが目に付く。しかし、それを無視できるくらいに整った顔立ちとすらっとした等身。そしてボロ布の上からでもわかるくらい淡い発光が彼女の身を纏っていた。
くりっとした目がじっとこちらを見据えており、それに吸い寄せられた僕はただただ見つめ返すことしかできなかった。

しかし、その静寂を破るかのように、彼女が再び人間の言葉とは思えない何かを発した。

「あうあぁ?」

思わず慌てふためき、僕はそのまま後ろに倒れ込んでしまった。

「いててっ……」

本当にいた。いや、あれは魔女なのだろうか……?
でも発光していた。見間違いじゃなければ。それに言葉を発せていない。つまり……?

冷戦になろうと思ったが、あまりの情報量に僕の脳は追いついていなかった。しばらく倒れたまま呆然と色々と思案してみる。その間、彼女は何も発することはなかった。

だが、考えてみてもやはりわからない。

でも、中に女の子がいた。それだけは紛うことなき事実だ。ただ普通の女の子じゃない。でも、それが牢屋に閉じ込める程のことなのかは僕にはまだ理解できなかった。いや、きっと間違ったことなんだと思った。

立ち上がり脚の汚れを払う。今日はもう帰ろう。わかったことがあるだけ十分収穫だと思った。

そして、なんとはなしに自分の手を空に掲げてみる。もちろん何も起きなかった。

「光んないよな、そりゃあ……」

普通の人間が月の光で光るはずがない。そんな当たり前のことを確認した後、帰路についた。

これが、僕とあの子の初めての出会い。

言葉もわからなかったあの子がどこまでこの時のことを覚えててくれているのかはわからない。でも、僕にとっては大事な思い出で。きっと一目惚れだったんだと思う。

だから、あの子を外に出してあげたくて。一緒に遊んだりしたくて。そして、町のみんなに普通の女の子として認めてもらいたくて。ただその一心で、翌日からも僕は皆が寝静まった頃に家を抜け出して足繁く通った。

最初の数日程は当たり前だがコミュニケーションも取れなかった。ただあの子の様子を見に行くだけだった。

しかし、その甲斐あってか、一週間もする頃には次第に僕が来ると気付くや否、鉄格子の窓のそばまで来てくれるようになった。

「ああぅぁ!」

もちろん言葉は話せていない。それでも僕が来てることを喜んでくれているのはその声色から伝わってきて、それが何より嬉しかったし、続けようという気持ちにさせてくれた。

そんなことだけでも何かが進歩してる気がして。僕は嬉しくて。胸が踊って。理解できてないとわかっていながらも、2週間もする頃には気づけばなんてことない話を彼女にするようになっていた。

「……ってことが学校であったんだ。君にもその場で見てもらいたいくらい面白かったんだけど……わかるかなぁ?」

「あぁぅ?」

「わかんない、よね……」

言葉がわからなくても伝わってほしい。そう思って必死に話しかけてはみたけれど、やはり厳しいのかもしれない。

「でも赤ん坊だって、大人達の話をたくさん聞くうちに言葉を覚えていくもんだからなぁ……」

一人でブツブツ呟く僕のことを物珍しそうにあの子はじっと観察していた。

「こうやって興味を示してくれているうちは根気勝負かなぁ?」

「うぁ?」

答えるように言う彼女の姿が愛おしくて頭を撫でてあげたかった。

でも……

ーー触れると呪われる。

鉄格子から伸ばしかけた手をそっと戻す。信じているわけではない。でもまだ不確定要素が多すぎる。

僕だって怖くないわけではない。恐怖心はある。ただ。恐れているから。畏れているからこそ。もしかしたら彼女に惹かれているのかもしれない。

「君は一体何者なんだい?」

尋ねてみても返事はない。ただこちらを見つめ返してくるのみだった。

はぁ、と溜め息をつきつつも「またね」と彼女に手を振って帰宅した。

「ふぁ〜」

彼女の元へと通うようになってからもっぱら僕は寝不足になった。当たり前だ。睡眠時間を削っているのだから。完全に昼夜が逆転していた。
おかげで授業中は大事な睡眠タイムと化していた。しかし、起きていたとしても彼女のことを考えていることのが多く、良い子な僕もさすがに成績が落ちていたがそんなことは気にしなかった。

言葉を話せるようになったら。

そうノートに書き連ねて頭を悩ます。
あの子が言葉を話せるようになったら何かが解決すると、そう考えている。忌み嫌われて隔離されていたから、そもそも周りで言葉を聞くということ経験自体が不足しているんだ。そう結論付けた僕は、年齢は自分とほとんど変わらなくともまだあの子は赤ん坊状態なんだと。だから話せるようになれば、みんなと意思疎通が出来れば、何かが変わるんじゃないかと。
そう期待している。上手くいくかはわからないけど。

そうこう考えていると、再び睡魔が襲ってきた。そのまま僕の腕は、ノートに文字にならないぐにゃぐにゃした線を描いていき、僕の意識はまどろみの中へと沈んでいった。

そうして昼間を終えると夜には決まって元気になっていた。

「今日も綺麗だね……」

頭も冴えているはずだが、まるで女の子を口説くようなことを口走っているあたり寝ぼけているのかもしれない。
そんなことを思い苦笑しながらも、月明かりで光る彼女を見てついうっとりしてしまう。

しかし、ふと思い出す。
そもそもなぜ光っているのか。いつも光っているから気にしなくなってしまっていたことに。
人間ではない。これは、そう思うに足りうる事象であり、おそらく呪い云々と関係がある。
だから、これがなんなのかわからないことには、ここから出られないのではないのだろうか。

急に不安が募り始めた僕をよそに彼女は

「きょう……?きれい……?」

と初めて意味のある言葉を返してくれた。

「え……?」

あまりの衝撃に思わず言葉が出なかった。

「きょう! きれい! きれい!!」

言葉の意味なんてわかってないのだろうが、嬉しそうに何度も連呼するその姿を見ていると、まだ子供なんている歳でもない僕も、思わず自分の子供が初めて言葉を発した時のような感動を覚えた。

よかった。全部無駄じゃなかったんだ。先程までの不安なんて全部忘れるくらい嬉しかった。

それからはあっという間に時が過ぎていった。

今までのようにただ話しかけるのではなく、言葉を一つ一つ教えていく日々を重ねていった。どんどん言葉を覚えていくのが嬉しくて、どんどん新しい言葉を教えていって。気付けば初めて会った時から2ヶ月ほど経っていた。彼女とは日常会話くらいならできるようになっていた。

このままトントン拍子にことが進んで、すぐ彼女を外に出してあげられる日が来るんじゃないか。僕の心はそんな期待に満ち溢れていた。
だけど、会話できるようになったがゆえに、新たに直面する壁がぶち当たった。喜ぶ僕を神様があざ笑うかのように。

「ねぇ、どうして私はここに閉じ込められているの?」

言葉を覚えて色んな事を知った彼女が思い浮かぶであろう至極真っ当な疑問に、僕は答えられる用意をしていなかった。何も答えられなかった。

「それは……」

言葉に詰まった。なんと言ったらいい?君は呪われた子なんだ、って?まだ言葉を覚えて間もない彼女に理解できるか?
いや、そういう問題じゃない。これは、この子に辛い現実を見せていいかどうかが問題なんだ。そんな答えは当に決まっている。だが、そのための答えを用意していなかった僕はそれ以上言えなかった。
それを察したのか、はたまたそこまで興味のある事柄ではなかったのか。彼女は別の質問を投げかけてきた。

「じゃあ、私のお父さんとお母さんは?どこにいるの?」

「遠く離れたところにいるよ」

嘘はついていない。遠いと言うほどではなかったかもしれないが、ここから離れたところにある僕達の町に住んでいると聞いたことがある。

「元気に暮らしているの?」

「ああ、元気さ」

根拠もないのにそう答えた。

「そっか、良かった」

その言葉を信じた彼女は安堵していた。そして、そこで質問は止まった。まだ様々な物事が頭の中で上手く結びつかないのだろう。

・両親が近くにいないこと。
・自分が牢屋にいること。

これらはどちらも呪われた子だからなのだが、別々の問題と捉えているらしい。親とともに家で暮らすのが普通の家庭なんだ、という当たり前を教えることは避けないといけないなと思った。そんな風にぼけっと考えていると、急に彼女は腕を差し伸ばしてきた。

「うわぁっ!」

咄嗟のことで思わず叫んでしまった。

「何するんだよいきなり」

つい声を荒げてしまった。こう何度も会いに行っているが、別段今のところは呪いにはかかっていない。それがある程度の距離を保っていれば大丈夫であるという立証になっている。
だが、触れるという行為はまだ試してみたことはなかった。一瞬でもダメなのか、時間がかかるのか、それとも本当は何も起こらないのか。何もわかっていない状態だ。だからどんなに彼女に魅了されていようと、触れることには恐怖を抱いていた。

「ご、ごめんなさい……」

飼い主に怒られた犬のようにしゅんとしている。

「他人に触ってはいけないとは思わなくて……」

逡巡した後に彼女は続けた。

「でも、なんで私はこんなにも光っているのに、あなたは光っていないのか、それがすごく気になって。触れてみたらなにか分かるのかと思ってやってしまいました。ごめんなさい」

言われてみれば確かにそうだ。僕から見た彼女だけでなく、彼女にとってもまた僕というのは珍しい存在なんだ。自分と違うところがあったら不思議に思うのも無理はない。

これは隠し通せない、そしてさっきの怒声の言い訳もできそうにない。そう悟った僕は、大人しく彼女に告げることにした。

「実はね、普通の人間は光らないんだ」

「普通の人間は、って、じゃあ私は普通じゃないの?」

「そ、それは……」

「どうして私は光るの?」

「ごめん、どうしてなのかはわからないんだ。でも……」

一瞬言葉に詰まる。その先を口にするには勇気が必要だった。不思議そうに小首を傾げるこの無垢な少女に、現実を突きつける勇気が。

「君は、呪われているんだ」

「呪われている……」

彼女は眉間にシワを寄せて苦い顔をしながらポツリと復唱する。ずっと言われてきた言葉だ。それが物心つく前のことであろうと、脳裏にはその言葉の響きに、嫌な思い出があるのかもしれない。

「この近くの町では皆そう伝えられてきている。それが本当かどうかは僕にはわからない。けど……」

捨てられた子犬のような目をした彼女に、意を決した僕は全部話し始めた。僕自身が親から、そして周囲から伝えられてきたことを。

彼女は大人しく聞いていた。まっすぐに受け止めていたのか、理解できず思考停止していたのか、はたまたショックで言葉が出なかったのか。わからない。
だが、話を続ける僕の目をずっとまっすぐに見据えて彼女は話を聞いていた。

でも彼女にそんな深刻そうな顔は似合わない。笑っていてほしい。だから僕は最後に

「だけど、きっといつか。僕は君をここから出してみせるよ、安心して!」

と彼女を見つめ返しながら宣言した。

それを聞き一瞬驚いたような表情をした彼女だったが、すぐに破顔した。その笑顔は、それに呼応するかのように月明かりが彼女を照らしたことでより一層輝いて見えた。

絶対に僕がこの子の呪いを解明してみせる。そして、外の世界を教えてあげるんだ。

https://note.com/pass_ing/n/nb47d38045fa3

https://note.com/pass_ing/n/n90454237ebf6

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