「月明かりの魔女に恋をした」2話

私はいつも一人だった。
物心がつく前から。
ずっと隔離されていたらしい。

誰とも会わず、牢屋で一人過ごすこと。当たり前すぎて、それが一般的な普通の家庭にとって異常だということさえわからなかった。

あの夜、彼に出会うまでは。

私はいわゆる忌み子というやつだ。どうしてなのかはわかっていない。
ただ、私のそばにいるだけで。みんな何かしら体の不調を訴え出す。

最初に異変が起きたのは、実の母だった。
私が生まれてすぐはもちろん母も私のことを愛してくれて。可愛がられて。
そうやってこの先大切に育てられていくはずだった。

しかし、そんな幸せな家庭も1週間で終わりを迎える。
ずっと私を抱きかかえてくれていた母の腕は、突然動かなくなったのだ。
神経が抜けてしまったかのように、彼女の腕はぶらーんと肩からぶら下がっているだけの肉塊と果てた。

「どうして……ごめんね、ごめんね……」

母は愛しい我が子を抱けないことを泣きながらにひどく悲しんだそうだ。

それからは父が、母の分も懸命に私の世話をしてくれたらしい。けれども、そんな日々も束の間。更に1週間後。甲斐甲斐しさも虚しく父の腕も同様に動かなくなった。

「呪われている」

以来、両親による私の扱いは一変した。
2人は私のことを呪われた子だと言い出したそうだ。
私を抱きかかえていたことが腕の異常の原因であると。
私に触れると、近付くと、災いが起きると。

以来、私は誰からの愛も受けずに生きてきた。
育児放棄された私が生き永らえているのは、誰かに代わりに世話をされていたからではない。捨てられても勝手に一人で生き続けていたのだ。
まるで周りの草木の生気を吸い取っているかのように。枯れた草花に囲まれたゆりかごの中で。雨風に曝されているのにも関わらず、微塵も濡れることもなく。雨はまるで私を避けるように降っていたそうだ。

いわく、私は魔女と呼ばれた。
近づくものは、人間だろうと何だろうと呪われると。
そんな災いの元。外に捨て置くのはあまりに危険だと判断したらしい。両親はこうやって私を牢屋に入れることで世界から隔離した。

そうして無為に過ごす毎日を経て現在に至る。

そんな物心がつく前のことをなぜ知っているのか。教育を受けていない私がなぜ言葉を理解できるのか。それらは全部、彼に教わったから。

誰とも会わせてもらえない私が、唯一会える存在。
魔女とはどんなものかと興味本位で密かに私のもとを訪れた奇妙な男の子。
月明かりに照らされた私を綺麗だと言ってくれた大切な人。

今日も会えるかなと、鉄格子の窓の外を眺めてみる。
すると揺れる草木を掻き分けてこちらにくる人影が一つ見えた。
彼だ。

「やぁ、こんばんは。今日も綺麗だね」

歯に着せぬ言葉を口にする彼だが、口説いているわけではないらしい。月に照らされた私がうっすらと発光している現象について。その感想を述べているに過ぎないのだ。
人間とは皆光るものだと思っていた私は、私以外誰も光らないと知った時はそれは驚いた。そんな、本当に人外じみた現象を起こす私のことを忌み嫌わずに接してくれる。そして、彼はいつも私の世界を広げてくれる。何も知らない私に、何かを教えてくれる。

どうしていつも良くしてくれるの?
どうして何度も会いに来てくれるの?

そう尋ねたいけど。尋ねたらこの幸せな時間は終わりそうな気がして。そんなのは嫌で。手放したくなくて。でも、離れないように直接彼を繋ぎ止めることは私にはできない。私に触れたら、私が触れたら、彼にも呪いが、災いが呼び込んでしまうはずだから。それだけは絶対に嫌だ。

だから私は全部飲み込んで、今日も今日とて彼の話す話に笑顔で耳を傾けることしかできなかった。

しかし、今日はソワソワせずにはいられなかった。
今日は満月である。彼がここに来てから何回目の満月だろうか。満月は好きじゃない。

彼が絶対に来てくれる日ではある。でも、満月の日はいつも彼は深刻そうな顔で私に会いに来る。

ーーきっといつか。僕は君をここから出してみせる。

そう言っていた彼にとって、私が光る原因であろう月が満ち足りた日というのは、呪いを調べる上で貴重な時間なのだろう。

出られるものなら私だってここから出たい。でも、今の私はただあなたと楽しくお話ができること。それが何よりも一番の幸せなのだから。

「おーい? どうしたの?」

そう呼びかけられてハッとする。

「ううん、なんでもないよ。大丈夫。それより……」

来る途中でどこかの枝で切ったのだろうか。彼の腕に出来たか細い線からツーっと赤黒い血液が垂れていた。

私のその視線に気付いた彼は答える。

「ああ、なに。大した怪我じゃないよ。それに確かめたいこともあって……」

「確かめたいこと?」

ピンときていない私に対して、彼は怪我をしている腕を鉄格子越しに差し出してきた。

「はい。汚いかもしれないけど傷口にできるだけ近いところ。少しの間でいいから触っててほしいんだ」

おかしなことを言う。私に触れたら呪われるという話を教えてくれたのは彼だ。

「で、でも……」

「大丈夫。そもそも呪われるのだとしたら散々君に会いに来てる僕はとっくに呪われてるはずさ。だから、ほら。ね?」

そう言って彼は更に腕をこちらに突き出してくる。

ええい、ままよ。
どうしたらいいかわからなかったが、彼の言う事は何でも信じていた私は言われたとおりに彼の腕を掴むことにした。

初めて自分の意志で人に触れた。ぬくもりを感じる。温かい。その温かさがそのまま触れた手を通して心までじーんと伝わってきているような気がした。
ドキドキしている。自分の心臓の鼓動が激しく聞こえてくるのことがわかる。こんな気持ちになるのは初めてだ。
脈打つ鼓動のうるささに気を取られている。
彼にも聞こえているのだろうか。伝わっているのだろうか。 だとしたらちょっぴり恥ずかしい。
しかし、そんな私とは打って変わって、彼はただ自身の腕の異変に目ざとく反応していただけだった。

「ねえ、見てよ、傷が。ほら、治っていく!!」

彼の言葉で我に返る。彼の腕の傷口に目をやると、確かにじわじわと傷口が塞がっていってる様子が見て取れた。

どうして、と戸惑いを口にしようとした私より先に彼が

「やっぱりだ、思っていた通り。君は呪われてなんかいない。むしろ月に祝福されている。しかし不思議だ。月は自ら発光していない。太陽の光を反射しているに過ぎないんだから……これは月の表面に何か魔力でもあるのだろうか……」

独り言のようにブツブツと口にしていた。
私には難しくてわからなかった。学校というものに通っていたとしたら彼の言っているこの話も理解できたのかな、などと完全にうわの空で、彼の腕を掴んでドキドキしていたことなんていつの間にか忘れてしまっていた。

そうこうしてるうちに満足したのか彼は傷口が塞がった腕を降ろして喜々として言う。

「なにはともあれ、この事実を皆に伝えれば君を外に出すことができるかもしれないよ」

その言葉に心が踊らなかったといえば嘘になる。でもそれ以上に、喜んでくれている彼の顔を見られた事の方が私にとっては幸せで。まさかそれを奪われるなんてこの時は思っていなかった。

彼が来なくなって一週間が経った。数日来ないことなら何度となくあった。そんな時は決まって私のために色々と調べ物をしていた、と翌日顔を出す際に言っていたものだ。
しかし、一週間も音沙汰無いのは珍しい。最後に会った時、あの時の彼の言葉が引っかかる。

ーー君を外に出すことができるかもしれない。

彼の身に何かあったのではないかと気が気ではなかった。そんな私に対して、その答えを告げに来たのは予想だにしない女性の来訪だった。
物心がついてから私が見たことがある他人は彼以外にいない。
だが、その女性が何者であるかは彼女の様子を見ればわかった。
見るからに怯えている表情をしたその女性は、両肩の先に普通ならあるであろう両腕がなかったのである。
それを見て思わず私は口にした。

「おかあさん……?」

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