記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

映画「明日の記憶」~永遠の愛を器に刻む~

 
 人は過去を反芻しながら生きる動物である。喜怒哀楽の思い出を糧にして、明日を見つめて生きている。その思い出が、もしも封印されたら…。

 この映画は、若年性アルツハイマー病を患った主人公の物語である。脳の萎縮によって物忘れなどの記憶障害が起こり、末期には家族の名前や顔も理解できなくなってしまう。まるでドミノ倒しのように過去や現在の記憶が消え去り、極端に言うならば「明日の記憶」だけになってしまう病気なのだ。

 主人公の佐伯雅行(渡辺謙)は、突如その病に襲われる。まだ49歳の若さだった。広告代理店の営業部長として、部下からもクライアントからも信頼されていた。大型プロジェクトの契約が決まり、自ら陣頭指揮を執っていた矢先だった。

 妻の枝実子(樋口可南子)は、根本的治療法がない病気に戸惑いながらも、夫の闘病を最後まで支えようと決意する。雅行には結婚式が間近に迫った一人娘がいたが、病については打ち明けなかった。晴れの舞台を病人ではなく、「働いている父親」として出席したかったのだ。

 26年間、仕事一筋の人生を送ってきた彼だったが、病を知った会社の対応は厳しかった。部長待遇から外され、窓際族に追いやられてしまう。そのきっかけになったのは、信頼していた部下による病の告発だった。

 娘の結婚式も無事に終わり、会社を依願退職するが、認知障害は徐々に進行していた。記憶が失われるだけではなく、被害妄想や幻視にも悩まされる。そんな中、彼はある決意をして奥多摩の山に向かう。そこは、枝美子にプロポーズをした思い出の場所だった。

 映画の冒頭とラストシーンで、雅行が作陶した器が出てくる。病の進行を遅らせるために通った陶芸教室で素焼きされ、奥多摩の山で本焼きした茶碗だった。

 器には妻の名前が刻まれていた。いつか彼女の名前も顔も忘れてしまう恐怖に怯えながら、二人の絆を形にしたかったのだ。病の進行で彼は思い出を失ったが、妻への愛は永遠に器に刻み残されたのだろう。


この記事が参加している募集

映画が好き

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?