不幸な小説家

さゆりは小説家だ。

小説家といっても、素人に毛が生えた程度だ。
いつもはブログに短編ストーリーを掲載している。
コメントが大体100くらい、いいねが300くらい。
これ1本で食べていけるわけもなく、昼間は一般企業に勤めている。
小説の収入は月に約8万円。会社からの給料が20万円。
二つ合わせるとまあまあの収入になる。
でも、どちらかが欠けたらやっていけない。


さゆり自身、どちらかの専業になりたいとも思っていない。
社会で生きるには、会社なり何かしらの団体に所属していることが一般的でその方が色々楽なのだ。
会社の社会保険や雇用保険は大事だし入っていたい。
しかし、会社勤めだけの日常はストレスが溜まる。
さゆりはそのストレスを文章にして出している。

さゆりの小説は女性がモデルなことが多い。そして主人公はいつも少しだけさゆりの日常とリンクしている。
前作の主人公の彼氏は誠実だけど何を考えているか分からないのが特徴だった。
彼のモデルはさゆりの彼氏の聡だ。
その前の小説に出てくる会社はさゆりの前職がモデル。とんでもなくブラックな会社だった。

さゆりは日常に潜んでいる不満、不幸、ストレスを自分の小説にちりばめて登場人物に代弁させる。話の中の描写の一部に妙なリアリティがあるのは実体験の不幸をもとにしているからだ。趣味で始めたストレス発散の一環だったが、一定の読者に共感を呼ぶようになり僅かながら稼げるようになった。

さゆりの小説はさゆりのストレスの中から生まれる。
うざい上司。改札に引っかかった。目当ての化粧品が売り切れてた。
彼氏から連絡がこない。携帯の画面が割れた。結婚式の出費が痛い。
誰にも言わない、言えない、言うほどでもない、ささやかな不幸を練って組み立てて、文章に閉じ込める。
ストレスが元だが、ストーリーは必ずしも不幸なものばかりではない。ストレスから生まれる明るい結末は最高に爽快だ。そういう話の方が人気も高い。

逆に幸せな日常の中では、1文字も浮かんでこない。
仕事がうまくいっている、彼氏が優しい、充実した休日。
不幸の中で研ぎ澄まされた感性は、幸せの中では機能しない。
疑問も、気づきも、展開もなにも生まれない。
幸せはいいことなのに。
幸せになると何も書けなくなる。

それはすなわち、収入の減少だ。OLの収入だけではだいぶ厳しい。
そしてさゆりはまた貧乏という不幸になる。

小説ブログを始めたのは幸福になりたかったからだ。
少しでも日々のストレス解消につながれば。
少しでも収入の足しになれば。
そう思ってブログを作った。

そして、小説ブログが軌道に乗った今、幸福になると不幸になる構図ができあがってしまったのだ。


幸福を追いかけて手に入らない不幸を感じているときの方が、収入が高くて、ストレスも解消できて、そこから生まれた文章は読者の共感を呼んでコメントがたくさんくる。ネット上の人との交流もできた。

さゆりは不幸と幸福が分からなくなった。
でも分からなくてもいいと思った。

これでしばらくネタに困ることはないだろうと。


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