見出し画像

【セカンドブライド】第25話 カエルさんのプロポーズ

カエルさんとの、その後の交際は「順調」と表現できるものだったと思う。カエルさんは、私と二人の時間も大切にしてくれたし、子供達にも気を配ってくれた。私自身も最初に感じていた戸惑いもだんだん薄れ、彼と一緒に過ごすことに慣れていった。

時々、有給を取得しては、二人でドライブに行き、一緒に知らない街を探検がてらランニングをしたり、美味しいものを食べたりと大人の時間を楽しんだ。また、娘が水泳の代表選手になった時も、息子が地域のお祭りで和太鼓を叩いた時にも「いつ?観に行くよ。」と来てくれて、そして子供達を褒めてくれた。4人でマラソン大会に出ることもあった。

子供達と私の三人で過ごす時間と、彼が私たちと一緒に4人で過ごす時間もだんだん良いバランスを取れる様になってきていた。心が跳ねる様な嬉しいことも、沈みこむ様な悲しいことも無い毎日に、穏やかな幸せとはこういうことを言うのかも知れないと安心感を感じられる様になっていた。

季節は夏になっていた。カエルさんと出逢ったのも夏だった。出逢ってから、丸2年が経過しようとしていた。

そんなある日のこと、カエルさんから「今日の夜、走ろう🐸」とメールが入った。

二人でジョギングをするのは珍しいことでは無かったが、夜、二人で走るとなると、子供達だけでお留守番することになってしまう。そのため、以前一度、誘いを断っていた。それから、彼から夜のジョギングに行こうと誘われることはほとんど無くなっていた。

「今日?」とメールを返信した。
「うん。今日。短い時間で良いんだ。お願い。」とすぐに返信が来る。

彼がごり押しするのは珍しい。だから、「何か話したいことがあるのかな?」と思った。

「分かった。子供達にお留守番出来るか聞いてみるね。」と返した。
「ありがとう🐸」

子供達に確認すると、「お留守番、出来るよー。」「だいじょうぶだよー。」と軽い返事が返って来た。安請け合いする感じには少し不安を感じたものの、息子も保育園を卒園し、二人とも小学生になっていたから、短い時間なら大丈夫かな?と思った。

夜になり、「1時間で帰ってくるね。タカヤのこと、お願いね。」と小6の娘にもう一度お願いして出かけることにした。

その日の夜は、長梅雨が明け切らずに小雨が降っており、7月にしては肌寒い日だった。

「何でこんな日に走るの?」と聞いても、
カエルさんは「いいから。いいから。」とニヤニヤしていた。

そのまま走って家から2キロほどの公園まで走る。そこは、初めて出逢った場所であり、カエルさんから離婚の決意を聞かされた場所でもあった。

田舎の公園の夜は寂しく、街灯は一本おきに間隔をあけ、半分しか点灯していなかった。管理棟の電気も消えており、散歩をしている人の姿も見えなかった。点灯している街灯には蛾なのかセミなのか、たくさんの虫が集まっているのが見えた。

「ここでちょっと待ってて。」

そう言って彼は遊具のある広場に走って行った。少し離れただけで、暗闇が彼の姿を包み、何をしているかは見えなくなった。白っぽい影が遠くに行き、またこちらに近づいてくる。すると、後ろ手に何かを持って特有のがに股で歩き、ニヤニヤしているのが見えた。

私の前まで戻って来ると、パッと花束を差し出して言った。
「ぱるちゃん、今日で出逢って2年経ちました。結婚して下さい。」

ピンクのガーベラと小さな向日葵が入った夏らしさを感じる可愛らしい花束だった。黙ったまま手を差し出して受け取ると、雨か夜露に濡れて居てずっしりしていた。そして冷たかった。

サプライズのプロポーズ。本当ならば、海外の動画の様に口を押えて泣くところなのかも知れなかった。でも、その時の私は「ありがとう。嬉しいです。」と言うのが精一杯だった。

断る理由なんて無かった。結婚を前提に付き合って来たし、そのつもりで子供達と4人の時間も持ってきた。彼も私にも子供達にもそういう態度で接してくれていた。

それなのに、私の心は正直で、まるで麻酔を打たれたみたいに、嬉しくも悲しくも無かった。心が自分事として感受するのをやめているみたいだった。

やっとのことで、「ミナミと、タカヤが許してくれたら、プロポーズお受けします。」と言った。

「ありがとう。そうだね。子供達に聞いてみなくちゃね。ぱるちゃん、オレ、精一杯幸せにするからね。」とカエルさんがいった。

「うん。そうだね。みんなで幸せになろうね。」と私も言った。

カエルさんと一緒に家に帰り、「ただいまー。」と言いながら部屋に戻ると
息子はおもちゃをテーブルに並べたまま、テレビを観ており、
娘はリビングの食卓で、アニメのイラストを見ながら、真似た絵を描いていた。

「良かった。お留守番、ありがとう。」と二人に話しかけると、二人とも目線をテレビやイラストに向けたまま、「おかえりー。」と言った。

間髪を入れずにカエルさんが娘に話しかけた。
「ミナミ、カエルさんとママ、結婚することにしたから。良いかな?」
娘がびっくりした様に目を上げて言った。
「ケッコンするの?」
「ミナミとタカヤが良いって言ってくれたらね。」と私は言った。
「ミナミはママが良いなら良いよー。」と言った。
「タカヤも良いかな?」とカエルさんが息子に向かって聞く。
テレビを観たまま、「イイヨー」とタカヤが答えた。
「タカヤ、大切なことだよ。本当に良いの?」と言うと、タカヤはやっとテレビから私に目を向け、「うん。いいよー。」と答えた。

「良かった。これでオレ達みんな家族だ。」とカエルさんが言った。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?