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海賊の子孫


大阪のミナミで、午前様。
あのころは毎週そうだった。
不良時代の2年間と言えるが、書くことには真面目だった。
その時に知り合った人は、個性的な人が多かったが、最もインパクトがあったのは、間違いなくCさんだった。

震度7の地震を体験した。
一瞬で人は亡くなるんだと知った。
大事な人がいなくなってしまったと、どれほど聞いたかわからない。

少し冷静さを取り戻した頃、ふと文章を書きたいと思った。
2年の期限で、水曜日の夜、書くための教室に通うことにした。成人してからの初めての習い事だ。
その場所で知り合ったCさんは、何から何まで型破りだった。

先祖は海賊だと、さらりと言った。
だからというわけではないと思うが、小学生の頃から、魚や貝を採って小遣いを稼いでいたという。

中学校のあとは学校には縁がなかったらしい。

知り合った当時、Cさんは仕事をしていなかった。過去にはバーを経営していたり、デパートに人材を派遣する会社を立ち上げたこともあったと聞いた。

「その気になれば、いつでも稼げる」
自慢げに言っていた。

見かけも言葉遣いもサバサバした印象なのに、
「3回結婚して3回離婚している」
と聞いたときには仰天した。

私なんかより、よほど女性なんだな、この人は。
言葉には出さなかったが、そう思った。

それだけではない。

「子供が3人いるねん。結婚するごとに1人。3回結婚してるからね。私は平等主義やねん」

なんてことない感じで言う。
ここまでくると、私にはついていけない。
平等主義?  それはネタ?  笑っていいところ?
Cさん語録は常に規格外なのだ。


最初のころ、「感性を磨く」という授業があった。
体験したことを書くだけでは、限りがある。それほど多くを人は体験していないから。
そのために感性を磨こうというのだ。

体験することは皆、似たり寄ったりという前提だが、明らかに、Cさんの手持ちのカードと私の持ち物は比較にならない。雲泥の差がある。
そんなことを言い訳にしてはいけないが、とても敵わないと心底思った。


授業が終わると、毎回飲み会があった。

先生方も誘って、ちょっとした文学論や、それぞれの作品について語り合う。
お酒の力を借りて、作家集団に格上げされたような気分になり、皆よくしゃべった。

Cさんから任命され、水割りを作る係になることが多かった。
バーをしていただけあって、Cさんの指示は的確だ。
「〇〇先生は、長く飲みたい人だからウィスキーの量はこれくらい。△△先生は濃いめを好むから。あ、もう少し濃く。氷は少なめに。XX先生? それ、どうでもええわ」
私はCさんの言葉だけを聞いて、毎回水割りを作っていた。

お酒を飲む。タバコを吸う。そして人に絡む。
Cさんは、いずれの量も半端なかった。

酔うとまたすごかった。
言葉がだんだん荒くなる。

先生の隣に座って談笑している女性に、
「女を使うな」
と注意していた。

病院勤めの医師の男性に、
「医者だからと言って、いいものが書けるとは限らないからな」
と牽制していた。

さらにお酒がすすむと、
先生に対しても

「あんたなー」と絡み始める。

なので、私に対しての「あんたなー」は、ごく普通のことだ。

「あんたなー、ハードボイルド書きな」
と2回言われた。

ハードボイルド⁈
私に書けるはずもない。
次第に、Cさんの言うハードボイルドは、私の思うハードボイルドとは違うのかもしれない、違うよね、そんな結論に達した。


酔ったCさんの近くには、やがて誰もいなくなる。
私にも手招きしてくれる人が現れ、頃合いを見て脱出する。

それでも気になって、そおっと様子をうかがうと、Cさんはニヤけながらひとり飲んでいる。
畳の場所では、片膝を立てていた。

あ、と思った。

……海賊がいる

誰にも言わず、胸に秘めることにした。


Cさんは書く作品もすごかった。
発想力が飛び抜けていた。

「これ読んでみて」と渡される作品は、ずしりと重い、B4サイズの手書きの原稿用紙だった。
手書きの人はCさんだけだったと思う。
破天荒なストーリーには、迫力のある文字が功を奏していた。
私はCさんの作品が好きだった。


周りの人に不思議がられるくらい、私とCさんは仲が良かった。
私が、Cさんの作品のファンだったこともあると思うが、それだけではない。

ある日、Cさんがこんなことを言った。

「息子が具合悪いねん。家系に問題があると言われた」

霊能者という人にお祓いをお願いするという。数十万かかるらしい。

「え、ちょっと待って」

咄嗟に言葉が出ていた。
それが正しかったのかはわからない。
その霊能者が、神様から特別な能力を授かった人なら、そんな高額なお金をとらないと思う、みたいなことを言ってしまった。

じゃあ本物を探そう、みたいな流れになり、神様お墨付きの、特別な能力のある人を探した。なんなら魔法使いでも良かった。とびっきりの人を見つけて、Cさんに紹介したかった。

実際に私が先に何人かに会った。
怪しい人もいたけれど、お目にかかれて良かったと思う人もいた。
だが、結果を急いでいた私にも原因があるのだろう、手応えは感じられなかった。

ただ、何かの折に、
神社には必ず神様がいるよね、
と2人で盛り上がり、それ以来、Cさんは住吉大社にある海の神様にお参りするようになった。

「家系的に、海の神様なら間違いない」
と笑っていた。

その後、少しずつではあるが、息子さんの容態が安定してきたと聞いた。


Cさんは妙に素直なところがある。

ひと回り年下の私の言葉も、先生が言った言葉も、扱いは変わらなかった。
電話で話しているときも、

「メモ取るから、もう一度、言って」
とたびたび言われた。

作家の誰々がこんな話を書いていたとか、こんな詩が良かったとか、そんなことだったと思う。 
あらゆることを吸収したいという、強い気持ちが感じとれた。

「今まで、本なんか読んだことないから、何にも知らんねん。だから、教えてな」

年上の方に失礼だが、可愛いところのある素敵な人だと思った。

「ありがと」
と何度も言ってもらった。

ますます良い作品を創られるだろうと私は確信していた。


ある時、こんな授業があった。
自分が選挙に出ると仮定して、演説してくださいというものだ。
考える時間は20分。
50人以上いる教室で、前に出て演説するのは4人。先生が適当に名前を呼ぶ。

……えー絶対にイヤ。 呼ばれませんように。

願いは聞き入れられず、非情にも私の名前が告げられた。こういう当たりくじは、なぜか昔から引き寄せてしまう。

大したことは話せなかった。幼稚な演説だったと思う。熱が出そうになったが、何とか初めての選挙演説を終えた。
途中、どこを見て話せば良いかわからず、視線を動かしていると、Cさんと目が合った。
やたらニヤニヤしているその表情に、ホッとするような、腹立たしいような、複雑な気持ちになった。
でも確実に心強かった。

そのあと、挙手で順位が決まり、結果は2位の補欠当選だった。私にしては上出来だ。
当選を果たしたのは、前述した医師の男性だった。

教室を出たところで、
「間違いなく、あんたが1位やで」
とCさんが声をかけてくれた。

仲が良かったからそう言ってくれたのだろう。あるいは、医師という職業の人に妙に厳しいのかもしれない。
別に1位でなくても凹んではいなかったが、やはり嬉しかった。


まもなく、Cさんの作品はエッセイで賞を取った。
そしてテレビドラマのシナリオコンクールでもトップ5ぐらいにまで入った。


コンクールに提出する直前、シナリオを見せてもらった時のことは忘れられない。

もう一人、本を出版されている方と一緒にいた。題を見た途端、2人同時に首を傾げる。読み出してすぐに、

「字が違う!」と指摘した。

コミカルなドラマではあったが、腎臓移植の話だった。
「腎臓」という字が題名にも入っていたのだが、Cさんの手書きの字が、「賢藏けんぞう」になっていた。
いや、「蔵」は、ちゃんと「臓」になっていた。「賢臓」だ。

一緒にいた方は、日本語を知り尽くしたような人だ。
「コンクールに誤字なんてありえない。しかも題名まで」とダメ出しをしていたが、私は、あのまま提出したとしても、救済措置?が取られたのではないかと思っている。
それくらい面白いシナリオだった。

実際は、きちんと修正して提出され、その作品は受賞した。
残念ながら、ドラマ化される大賞ではなかったが、東京で行われた授賞式には、私を招待してくれた。

主催されたテレビ局の担当者が、

「インパクトはダントツだったんですけどね。映像には無理ですねー」
と、その作品について語っていた。


エッセイの授賞式の時も、招いてくれた。
京都のホテルだ。身内の気分だった。

あの時は賞金も出ていた。

マイクの前に立つCさんを見ていると、誇らしい気持ちになって、

「現在のCさんは、文章を書いて小遣い稼ぎをしていますよー」

と、背後にいらっしゃるであろう、海に生きたご先祖さまに向かって、つい話しかけてしまった。



Cさんは今どうされているのだろう。
4年くらい前から連絡が途絶えている。

その間、私は全く書いていなかった。
これは想像だが、Cさんも書いていなかったのではないかと思う。
その分バリバリと働いて(稼いで?)いたに違いない。

私とCさんは、どちらもが書いている時でないと、話も弾まないし、会う気にもならないと思うのだ。

私がCさんのことを書いたということは、Cさんも何か書き始めているのではないかという予感がする。

ある日また、

「授賞式に来てよ」

と、呼ばれるかもしれない。
そんな日が待ち遠しい。

いや、受賞の知らせというよりは、

「これ、読んでみて」

という言葉がまた聞きたい。

そうなれば、以前のように話が弾んで、あっと言う間に時間が過ぎてしまうだろう。



会いたいなという気持ちが募ってきた。

あ、でも、これだけはお願いしたい。

……その時は、くれぐれもお酒のない席で。


無理かなあ……。