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物語を紡ぐ火之迦具土神 - 陰陽五行と美術作品

執筆:美術家・山梨大学大学院 教授 井坂 健一郎

物質が物質を超える瞬間に生まれるもの

原初的な「火」が持つイメージの虚構性や幻想性に目を向けてきた美術家・遠藤利克(えんどう としかつ)。

1970年代より焼成した木を用い、〈円環〉、〈空洞性〉等を自身の造形の核としてきました。物質感を前面に押し出しながらも、遠藤の問題意識は物質の背後にある身体感覚や物語性にあったと言えます。

遠藤は、人間が文化として生み出してきた神話や物語を喚起する作品により、さらに人間の生命の根源を問いながら、生と死の間を意識させる「形」を生み出してきました。

もうひとつ、遠藤作品には特徴的なところがあります。それは「造形芸術の文脈ではつくらない」ということです。

その「つくらない」という意味は、例えば彫る、刻む、削る、描くなどの造形的な行為とは異なるということです。

人間が暮らしの中で得た、火をおこすとか物を燃やすなどの行為からも、形や色の美が生まれるということを遠藤が実証してきたわけです。

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火の神がもたらす造形

「円環は、それ以上に還元できない幾何学的には究極的な形で、世界のどの地域でもシンボリックに扱われています。それがなぜかを考えながら、この形態を扱ってきました。」

と遠藤は言っています。

また遠藤は自身の作品における体感として、内部と外部との空気感の違いを述べています。作品の中心に入ると、垂直的な気体が立ち上がるのを感じるそうです。

私は遠藤作品を何度も鑑賞していますが、この円環シリーズには、高くそびえ立つ円筒形の作品から、低い位置にドーナツ型に設置してあるものまで多様です。

その円環すべてがシンメトリーであり、中心から天に向かって発するエネルギーを確かに体感できるのです。

すべては火の神がもたらした造形を、遠藤自身が最適な状態で受け止めたことに始まります。

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火が生んだ水の路

「Trieb」とはフロイトのいう「欲動」を意味します。
「Trieb―水路」という作品には、実際に水が流れているわけではありません。

遠藤の水路の焦げ跡は火の神が通った跡であり、その跡には祓い清められた静謐な空気が流れています。

遠藤の作品には初期から儀式的なものが多いのですが、この水路の作品も水の祭祀を想起させるのではないでしょうか。

遠藤は火を放つことによって邪気を祓い、火のごとく輝く神(火之迦具土神)がもたらした水の路に無数の物語を紡ぐ、そんな場を生み出しているのでしょう。

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【井坂 健一郎(いさか けんいちろう)プロフィール】

1966年 愛知県生まれ。美術家・国立大学法人 山梨大学大学院 教授。
東京藝術大学(油画)、筑波大学大学院修士課程(洋画)及び博士課程(芸術学)に学び、現職。2010年に公益信託 大木記念美術作家助成基金を受ける。
山梨県立美術館、伊勢丹新宿店アートギャラリー、銀座三越ギャラリー、秋山画廊、ギャルリー志門などでの個展をはじめ、国内外の企画展への出品も多数ある。病院・医院、レストラン、オフィスなどでのアートプロジェクトも手掛けている。
2010年より当時の七沢研究所に関わり、祝殿およびロゴストンセンターの建築デザインをはじめ、Nigi、ハフリ、別天水などのプロダクトデザインも手がけた。その他、和器出版の書籍の装幀も数冊担当している。

【井坂健一郎 オフィシャル・ウェブサイト】
http://isakart.com/

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