右回り・左回りの循環によって成る、経済システム
執筆:ラボラトリオ研究員 牧山香
コロナの影響で社会は今、かつてないほどに大きく揺れ動いている。
外に出ると、殊のほか、そのことを強く感じる。
いつもは賑やかな通りには人気がなく、ひっそりと静まりかえっている。
いつもは長蛇の列ができるほど活気のあるお店も、ここ2週間、シャッターを下ろしたままだ。
これまでの日常風景が、一変してしまった。
そして思う。経済がストップするとは、こういうことなのかと。
「お金は社会の血液」という言葉があるように、お金の流れも人の流れも、止まったままではダメなのだ。流れがあってこその経済で、社会活動が成り立つという当たり前の事実を、痛感させられる瞬間である。
そして、そんな街の様子を見ながら、まだ見ぬ未来に思いを馳せてみる。
これを機に、社会は大きく変化するだろう。ビフォー・アフターではないが、これまでとは全く異なる経済システムができるかもしれない。
ではいったい、新しい経済システムとはなんだろう?
資本主義に換わるもの?
もしくは、それを超えてゆく何か?
そんな連想が始まり、いろいろと考えているなかで、ふと思い出した。昔、少しだけかじってみた「贈与」の概念のことを。
当時は、資本主義の真っ只中にあって、あまりにも現実味がないと思い、それっきり考えることをやめてしまったけれど、これを機にもう一度掘り起こしてみる価値はあるかもしれないー。そう思い立ち、本棚から贈与論に関する書籍を引っ張り出して、古書を読み始めてみた。
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贈与論には、「クラ交易」という重要な概念がある。
私は最初にこのことを知った時、大きな衝撃を受けた。
なぜなら、クラ交易とは現代の資本主義からはおよそ想像もつかないほど、とても原始的なシステムであったからである。
そもそもクラ交易とは、ブロニスワフ・マリノフスキというイギリス出身の文化人類学者がニューギニア諸島をめぐるというフィールドワークをおこなう中で、発見したものである。またその研究結果は、1922年に出版されたマリノフスキの著作『西太平洋の遠洋航海者』にて、広く世に知らしめることになった。(ちなみに、マリノフスキはアボリジニについての研究を『オーストラリア・アボリジニの家族』として編纂した)
Wikipedia ブロニスワフ・マリノフスキ 「トロブリアンド諸島での現地調査(1918年)」より引用
話を先に進める前に、ここで「クラ交易とは何か?」ということについて、簡単に触れておきたいと思う。
クラ交易とは?
クラ交易とは、パプア・ニューギニアを中心とした周辺の島々の民族によっておこなわれる交易のことを指す。
参考資料:
◎国立民族学博物館 「腕輪、首飾り」よりhttps://www.minpaku.ac.jp/museum/enews/049otakara
◎クラ(Kula): 「トロブリアンド諸島民の実践より
https://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/010514kula.html
では、何によって交易(取引/交換)がおこなわれるかというと...
・ソウラヴァ(赤い貝からつくられる首飾り)
・ムワリ(白い貝からつくられる腕輪)
という、儀礼用の装飾品である。
島々をめぐる中で、ソウラヴァかムワリのいずれかを贈り、受け取った相手からは返礼としていずれかの品を受け取らなければならない、というルールのもとに交易がおこなわれるのだ。たとえばソウラヴァを贈ったら、その返礼として相手からはムワリを受け取るといったように。
このような原始的ともいえる風習が19世紀に存在していたと考えるだけでも驚くが、ここでさらに特筆すべきことがある。
それは、財を交換する順番、島々をめぐるルートについてである。
具体的には、ソラヴァを時計回りで贈ったら、今度は逆の反時計回りでムワリを受け取らなければならないのだ。つまりソラヴァは右回りで、ムワリは左回りでニューギニアの島々を順番にめぐって次の者に手渡されていく、ということになる。クラ交易とはつまり、円の循環によって成り立つシステムなのである。
続いて注目したいのは、ひとたび受け取った贈り者は永久にその者の所有物となるのではなく、一定期間(贈り物をもっていられるのは、およそ1〜2年といわれている)を過ぎたら、次の者に必ず「手渡さなければならない」という点である。このことは、クラ交易をおこなう上でのルールである。返礼が義務づけられることによって、共同体にある種の秩序がもたらされるのである。
もちろん島々をめぐる航海は、時に命の危険を伴うであろうことは想像に難くない。しかしそのような危険をわざわざ冒してまで、なぜ彼らは交易を続けるのだろうか?
実はここに、クラ交易の謎をひも解く、重要な鍵が隠されている。
マリノフスキは、この円環、循環型の交換のメカニズムにこそ、持続的な社会に欠かせない秩序があると考えた。そしてそのなかに、贈与経済の本質があるのではないかと。つまり、この贈与の根底に、「何かを受け取るということは、きわめて霊的な行為」という概念があると考えたのである。
事実、儀礼用の装飾品に起源をもつソウラヴァとムワリは、彼らにとっては神からの授かりもの、という意味を帯びていた。ニューギニアとその周辺に生きる人々にとって、モノには神の命が宿るもの ー 神の化身であるがゆえに、それは特定の者によって所有されるべきではない。むしろ所有は、全体の秩序を乱し流れを止めるという意味で、危険な行為である。そもそも真の所有者は神なのだから、共同体で大切に守り継がなければならない ー 彼らはおそらく、そのように考えていたのだろう。さらに、そうしたある種の呪術的・宗教的な影響力が、贈与をしくみを成り立たせ、駆動させうる力となったのではないかと考えたのである。
こうしたマリノフスキの詳細な考察と研究をもとに、贈与の概念をさらに発展させた人物がいる。『贈与論』で有名な、かのマルセル・モースである。
ちなみに贈与論をめぐっては、マリノフスキやモースらが提唱した「返礼を義務とする見方」に対して、ハイデガーやレヴィナスが掲げた「返礼を義務としない見方」があるが、それらについての言及は、こちらでは控えたい。
それよりもここで焦点を当てたいのは、円型の「循環」をベースにこのシステムが成り立っていたという点である。これは言い換えれば、システムの大前提として「財を所有するのではなく、受け取ったものは必ず次の者に手渡さなければならない」という思想が、予めセットされていたということであろう。
これは明らかに、現在の資本主義とは前提を異にするものである。
なぜなら現行の資本主義のシステムは、所有や消費そのものに価値が置かれ、富は増幅するもの、経済は成長し続けなければならないという理論を前提とするものだからである。それはあくまでも厳しい競争原理によって駆動されるもので、永遠に終わりのない線形の上を、無限という実体なきものに向かって、一直線に突き進んでゆくようなものであろう。そしてこれを続けていく限りは、先が「みえます」どころか、いっこうに見えないままなのではないだろうか。
しかし一方、ニューギニア諸島という共同体のなかを、くまなく円環してゆくことを前提とした贈与のシステムにおいては、モノが増え続けることもなければ、富を増大させる根拠となりうる余剰が発生することもない。
このような贈与のシステムを、未開人の遅れた風習に過ぎないと見る人々もいたが、時代の大きな転換期である今、少なくとも偉大な先人たちに今こそ学ぶべきことがあるのではないか?
奇しくも、マリノフスキが『西太平洋の遠洋航海者』を世に送り出したのは1922年。ヨーロッパでは未曾有の疫病、スペイン風邪によって人口の3分の1が亡くなり、それに追い打ちをかけるようにして、第一次世界大戦が勃発した時期である。そして現在、2020年は第一次世界大戦(1919年)の勃発からおよそ100年の時にあたることを考えてみると、そのような未曾有の動乱の直後、1922年に『西太平洋の遠洋航海者』が、その後、間もなくしてモースの『贈与論』が世に送り出されたことは、決して偶然の出来事とはいえないだろう。
前例のない疫病、戦禍という混乱の時をくぐり抜け、新たな経済システムを模索するなかで、それらは来るべき未来の社会への提言として、時代の必然として生まれたものではなかったか?
夜明け前にはやはり、新たなシステムが生まれる萌芽の兆しが、行く手を照らすのだろう。
そういえば、資本主義の「資」という文字は「次の貝」をあらわすといった学者がいたが、赤い貝、白い貝でつくられたソウラヴァ、ムワリによっておこなわれるクラ交易、贈与のシステムは、文字どおり、次の貝なる資本に取って替わられてしまったことは、なんとも皮肉なことである。
しかし今、このような大きなパラダイムシフトの大転換の時を前に、次なる社会システム、そして経済のしくみが新たに待ち望まれることは、もはや疑いようもない。そしてそのヒントのひとつに、ニューギニアにおける贈与のシステムにあるのではないかと。
そういう意味で、こちらはやや飛躍になるかもしれないが、右回り、左回りの渦と循環に、何かとても重要なメッセージが秘められているのではないかと、ひとり思案してみた次第である。
なぜなら、右回り、左回りの回転は、宇宙創成の原理、万物のはじまりを思わせるものであり、それはまた『古事記』に登場する、イザナギとイザナミの天沼矛を想起させるものだからである。
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【牧山香 プロフィール】
Parole編集。
英文学の世界に夢中になった時代を経て、遅まきながら日本文学の魅力に開眼中。目下、寺田寅彦の随筆の世界に深く魅せられている。「好きなもの いちご、コーヒー、花、美人、懐手して宇宙見物」
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