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マルクス「資本論」から現代社会を考える

池上彰氏はとある番組で2020年は「格差」の年だと言いました。

最近の映画を見ても「パラサイト 半地下の家族」「ジョーカー」など格差を描く作品が大変話題になっています。アメリカ大統領選、社会主義派のバーニー・サンダース氏は米国の格差是正を掲げることで若者の支持を集めています。ここ10年間でアメリカの社会主義支援団体は10倍に規模を拡大しています。

なぜ、今社会主義思想が支持されているのでしょうか?

社会主義の起源であるカール・マルクスの「資本論」から考えていこうと思います。

▼▼▼社会主義の歴史概要

まず社会主義の歴史をざっと振り返ってみます。
社会主義の始まりはカール・マルクスの「資本論」です。マルクスは資本主義がいかに非人間的なものであるかを分析して資本主義を批判しました。そこから世界に社会主義運動と共産主義運動が広がります。やがて旧ソビエト社会主義共和国連邦が誕生します。その後、ソ連をモデルにして中華人民共和国や朝鮮民主主義共和国が建国されました。さらに東ヨーロッパの国々の中でも社会主義国が誕生しました。下の図のように社会主義思想を取り入れた国は世界各地にあります。

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マルクスが書いた1冊の本が世界を動かしたです。歴史を動かした「資本論」とはどういう本なのでしょうか。

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▼▼▼最初に商品の分析から始めよう

資本制生産様式が君臨する社会では、社会の富は「巨大な商品の集合体」の姿をとって現われ、ひとつひとつの商品はその富の要素形態として現れる。したがってわれわれの研究は商品の分析からはじまる。

マルクスは世の中の商品を一つ一つ見ることで資本主義社会を理解しようとしました。世の中にはほとんどのものが商品になっており、私たちは商品に囲まれて生活をしているからです。例えば、人間を知りたいなら、人間を構成する60兆個の細胞を一つ一つみていけば人間がどんなものかを知ることができます。それと同じです。一つ一つの商品が「なぜ商品であるのか」を分析することにより、私たちの世の中全体を分析できると考えました。

▼▼▼商品の2つの価値

人間生活にとって一つの物が有用である時、その物は使用価値になる。(中略)われわれが考察する社会形態では、使用価値は同時にまた、もう一つの別のものの素材的な担い手になっている。それがすなわち交換価値である。

マルクスは商品には2つの価値があると定義しました。
①使用価値と②交換価値です。

①使用価値とは、役に立つこと
空腹を満たしてくれるケーキ、オシャレだと思ってもらえるブランド服、勉強をするための参考書など全ての商品には使用価値があります。逆に使用価値があるからこそ商品として成立しているのです。

②交換価値とは、他の商品と変えること
ブランドシャツがいらなくなった人がゲームソフトを欲しいと思います。ブランドシャツとゲームソフトを交換することができます。これが交換価値です。全ての商品は交換価値を持っているので、いろんなものをつないでいくことができます。シャーペン1本=ボールペン5本=鉛筆5本=カップ麺1個=トマト3個・・・etc という具合ですね。

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でも、ここでマルクスは疑問に思います。
なぜ全ての商品をつないでいくことができるのだろうか?だってカップ麺とボールペンでは使用価値が全く異なります。交換できるからには何か共通のものがあるのではないか?

▼▼▼労働が含まれているから価値がある

使用価値または財は、抽象的に人間的な労働がその中に対象化されている、あるいは受肉しているからこそ価値を持つ。

マルクスはほとんどの商品には人間の労働という共通項目があると考えました。例えば、シャープペンシル1本とボールペン5本が同じ価値というのは、シャープペンシル1本を作る労働量がボールペン1本を作る労働量よりも5倍手間がかかるということです。労働の量が違うんです。ちなみに、労働の量によって商品の価値が決まるという経済学の学説を「労働価値説」と言います。

▼▼▼他人にとっても使用価値があるから商品である

物は商品であることなしに有用でありうるし、また人間労働の産物でありうる。自分の生産物によって自分自身の欲望を満たす人は、なるほど使用価値を作ってはいるが、しかし商品を作っているわけではない。商品を生産するためには彼は、使用価値を生産するだけでなく、他人のための使用価値を、社会的使用価値を生産しなくてはならない。

マルクスは、全てのものが商品というわけではないとも言っています。例えば家庭菜園です。庭を耕して家で食べる野菜を作った場合、それは労働によって生まれたもので食べれば栄養を摂取できるという価値もあります。でもこれは商品ではありません。なぜなら金を出して購入するものではないからです。つまり自分が使うためだけであれば使用価値はありますが商品ではないんです。

▼▼▼交換価値としてのお金

先ほど商品には交換価値があると言いました。ですが時代の変化とともに交換される商品は変化していきます。例えば、物々交換の時代、海辺の漁師がとってきた魚と山で捕らえたイノシシの肉を物々交換していました。しかし、これはあまりにも偶然によるものであって、肉も魚も腐りやすいという問題があります。そこでみんなが欲しいと思うものに交換すれば良いという発想になりました。

・日本の場合
日本では稲を交換商品としてしていました。それは現代の言葉からもわかります。例えば、当時布を織っている人から布を買う場合、「どれくらいの稲と交換できるのか?」と尋ねます。大昔の日本語では稲を「ネ」と発音していましたので「この布はどれくらいのネと交換できますか?」と尋ねるようになります。そう言っているうちに値段の値(ネ)が誕生しました。私たちが何気なく使う値段のネは稲に由来するものなのですね。ちなみに旧百円硬貨の裏側にもしっかりと稲が描かれてます。

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・中国の場合
中国では子安貝が物々交換の仲介として使われるようになりました。中国で生まれた漢字にその形跡が残っています。「財」「買」「貴」「賄賂」などの金を表す漢字には「貝」が含まれている。「売る」という字も旧字体には貝が含まれます。

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・ローマの場合
ローマ帝国時代、兵士には給料として塩が渡されていました。塩がないと人は生きていけないためです。彼らはその塩のことを「サラリウム」と呼んでいました。そう、これが英語のサラリー(給料)となったのです。

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このように、交換する過程で仲介役となるものが次々と生まれていた。
これがお金の誕生なんです。

▼▼▼貨幣の誕生

上記のように昔はお金が地域ごとに異なっていました。しかし歴史が進むにつれて金銀銅が好まれるようになったんです。不思議ですよね。誰かが世界共通と決めたわけではないんですが、全く別々のタイミングで金銀銅が使われるようになったそうです。余談ですが今世の中に電子マネーが急速に広まっています。理由は、お金はより流動性が高く便利なものに移り変わるものだからなのでしょうね。

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▼▼▼お金の立場が変わる

お金の誕生によって経済は急速に発展するようになりました。しかし、マルクスはここに資本主義の問題点があると言っています。歴史的にみてもお金はあくまで商品を買うためだけの手段でした。「商品→お金→商品」という流れです。商品を売ってお金を手に入れて商品を買うという流れです。しかし、いつしかこれが逆転するようになりました。

お金→商品→お金」となったのです。つまりお金を手に入れるために商品を手に入れるようになったんです。これは資本制生産様式と呼ばれます。お金を貯めこむ資本家が誕生してしまったのです。でもここでまた疑問が生まれます。お金はなぜ増えるのだろうかということです。だって、お金A=商品=お金Bと表すと、商品のタイミングで商品の価値を高めなくてはなりません。どうすれば良いのでしょうか。

▼▼▼商品の価値を増やす労働力

ある商品の消費から価値を引き出すためには、貨幣所持者は流通園内部すなわち市場において、その使用価値自体が価値の源泉となるような独特の性質を持つ商品を運良く発見する必要がある。その商品は、現実にそれを消費すること自体が労働の対象化、すなわち価値創造となるような商品でなければならない。そして事実、貨幣所持者は市場でこのような特殊な商品を発見する。ー労働能力すなわち労働力がそれである。

「お金→商品→お金」という流れの中で、商品の価値を高めるためにより良い商品を作ろうとします。そこで商品に新たな価値を生むのが労働力です。ちょうど車の部品を掛け合わせて車1台を製造するようなものですね。

労働者は自らの「労働力」という商品を売って、資本家と契約を結びます。一見対等のように見える関係ですが、実態は奴隷のような状態になってしまいます。なぜなら資本家の立場からすれば少しでも長い時間働かせることで、それだけ利益を上げることができるからです。そのため、あの手この手を使って労働者を働かせようとします。結果、奴隷のように長時間労働を強いられるようになります。

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本来、市場の原理を考えれば労働の量と利益はイコール関係で結ばれるはずなのにそうなっていません。労働者が提供する労働力から得られる賃金は資本家に搾取されてしまっているんです。資本家は富を蓄積する一方、労働者は貧困が蓄積されていく。格差が広がる。マルクスはこう言って資本主義を批判しました。

では、このまま格差が広がっていけばどうなるのでしょうか。

▼▼▼資本主義の未来に起こること

巨大資本家は(中略)いっさいの利益を奪い取り、独占していくのだが、それとともに巨大な貧困が、抑圧が、そして隷従と堕落と搾取が激しくなる。だがまた、資本制的生産過程のメカニズムを通じて訓練され、統合され、組織化され、増加する一方の労働者階級の憤激も激しくなる。(中略)資本制的私的所有の終わりを告げる鐘がなる。収奪者たちの私有財産が剥奪される。

「資本制的指摘所有の終わりを告げる鐘がなる。」とは、ユダヤ教・キリスト教における最後の審判のこと。つまり資本主義の終わりがくると言っています。資本主義の下で労働者は抑圧されて無知に追いやられるだけではない。労働者たちは一緒に仕事をすることによって、突出したものはリーダーシップを持つようになります。そして組織的な抵抗運動をするだけの能力を高めることができる。その能力を持つ労働者が資本家を打ち倒すことで、資本主義はひっくり返ります。

これが社会主義革命です。

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▼▼▼最後に

今、世界では急速に格差が広がっています。持つものと持たざる者の差です。下の図は2015年までのグラフですが、今はより拡大しています。

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様々な国や業界を見てもそれは顕著です。インドでは、IT人材の急成長により一気に裕福になる人とカースト制度に縛られ貧しいままのその他大勢がいます。日本のファッション業界では、中間層価格帯の服屋が衰退している一方、ブランド服と安いファストファッションの需要が高まっています。韓国の就職では、財閥に代表される一部の超優秀企業とそれ以外の中小企業で給与に大きな開きがあります。

人類の歴史は過去の積み重ねです。

格差を積み重ね続ける歴史の先に待っているものは何なのか?考えてみるのも良いかもしれませんね。

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