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好きのゴールってどこなんだろう

朝起きたときや寝る前にふと思い出せるような、そんな存在って素敵だよね。朝おきたときにふと思い出す人、あの人はちゃんと起きれたかな、あの人は今日どんな仕事をするのかな、あの人のことだから褒められるだろうなあ。勝手にその人の1日が素敵な1日になるように願う。そこに他の女の人がいようが、誰がいようが、新たな出会いを果たしていようが、そんなことはこの目で見ていない私にはどうせわからないから、わからないところを探っても無駄だからそんな存在が現れないように、そっと願う。連絡がこないことい一喜一憂することもなく、あの人が今日も嫌な思いをなに一つせずに眠れますように。すべてあの人の思う通りになりますように。と。願いながら寝る。

「好き」の最終形態ってなんだろう。好きのゴールってなんだろう。付き合うのゴールはそもそも結婚なのか?私はあんまりそう思わない。人生で何人かを好きになると思うけど、全員との出会いを意味がなかったなんて思いたくないから。お別れが未来だったとしてもなにかしら全く影響は与えていないわけではなくて。どこかでまたふとしたときに思い出せる存在になれればいいし、相手にとっても自分がそんな存在であれたら素敵だなって思う。

だけど、私が今好きな人やこれから好きになるかもしれない人の過去にそんな人がいるのは嫌だなあ。

その人が聞いてきた音楽や好きな言葉、信念、内に秘めたる思いとかをすべて知れることは一生ないんだろうね。できるだけ知りたいと思うけど、最終形態(いまあるべきすがた)を知っているから好きになれたわけだから、なにかしらその彼を構成してきた要素がたくさんあるわけで。皮肉な話だなあって思う。

本当に好きな相手なら、私の存在がなくて、あなたの未来に私がいなかったとしても、幸せであって欲しいって願いたいけど私はそこまでできた人間ではない(何回も思うから何回もいうよ)。やっぱり首をへし折ってでもこっちを向いてもらいたい、けど、それが私への同情ぐらいの行為なら申し訳なさすぎるから、それはいらない。本心が欲しいの。だけど、嘘でも好きと言って欲しい。好きのゴールが付き合うとか、結婚とかじゃなくても、私に圧倒的な打撃を与えてくれる、なにかがあることを願ってる。

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