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タバコでアルツハイマー予防?

2019年某週刊誌に、「ニコチンでアルツハイマーが防げる!」という記事が出て話題になりました。

喫煙者諸氏が大喜びしそうな記事ではありますが、残念ながら真相は二つの意味で否定的です。

マスコミ報道に底流する恣意性

実はこのような言説は、過去にも流布されたことがあります。

言い出したのはタバコ会社と金銭的なつながりのある研究者。

テーマがテーマだけに、その後一般の(しがらみのない)研究者の研究が多く行われ、いずれもその逆、つまり「喫煙がアルツハイマー病を増加させる」との結果を得ました。

週刊誌(のみならず、一般に情報を売ることを生業とするジャーナリズム)にとって「良い情報」とは、それが真実であるとか科学的に妥当だとか、あるいは消費者の利益になることだとかではありません。

ただ一つの基準、それは「売れるかどうか」です。
誰が何と言おうと、最後はココなんですね。

その中で、可能なかぎりの良心を発揮し、場合によってはジャーナリスト生命を賭してでも正義を追究するか、売れる道を追究するかはひとえにそのジャーナリスト個人の信条・生き様次第と言ってよいでしょう。

これは科学者や弁護士などの専門職にも言えることです。

利害を越えた「普遍的な正義」は奥ゆかしい

以前私が住んでいたマンションの南側に、別のマンション建設の計画が立ち上がりました。

ウチのマンションの管理組合は都度話し合いを開き、日照権をタテに建設計画の中止を求めました。

結果は先方のマンションの高さを1mくらい低くすることで、結局押し切られることに。

この場合も、当方の管理組合と彼方のマンション建築者双方に顧問弁護士がいて、それぞれの主張をするわけですよね。

客観的に利害は対立していても、それぞれにとってはそれぞれの主張が正義な訳です。

で、そこに顧問契約をした弁護士からの専門知識を駆使したお墨付きが加わる。

現実に鋭く対立していて、互いに相手が間違っていると確信しているのに、外形上は双方ともなかなか立派な正当性の衣をまとうことができちゃう。

一事業者お抱えの研究者、顧問契約をしている弁護士などは、当然ながら契約先の利益になるような行動をとろうとします。

悪く言えば、専門性を駆使して利害対立のその偏った立場の中で正当化を目指す。

ブログ「エビデンスは万能にあらず」でも示した通り、専門家の意見はエビデンスとして扱うことはできますが、エビデンスとしての格式は最下位。
つまりその真意性は相当程度疑う必要がある、ということ。

利権が絡んでいるようでは、もはや疑ってかかる方が得策と言えるでしょう、喫煙者の方には残念ながら。

統計の読みミスは原因を見誤る

もう一つ言えることは、統計的には喫煙者がアルツハイマーを発症する確率は低い、というデータも確かにあります。

あるのですが、これもブログ「因果関係を読み誤らない統計の活用を」で示した通り、統計データは因果関係を読み解くのに重要なツールですが、そこには注意が必要です。

このデータはタバコの何らかの作用がアルツハイマーを防いでいることを示しているでしょうか?

実はそうではありません。
単にタバコを吸う人は寿命が短いため、アルツハイマー発症まで生きていない可能性が高いから、なんですね。

こうやって見ると、厄介ではあるけれども専門家のミスリードと統計のミスリード、双方に足元をすくわれないよう、個々人で多角的な情報収集が求められる、ということです。

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