科学的実証に論文は必要、だが十分ではない
2022年3月、千葉県浦安市でちょっと面白い事件が起こりました。
数年来、市が市の施設の給水系に導入しようとしていた「NMRパイプテクター」なる赤さび除去装置(以下「装置」)について、担当者が正式に導入を中止すると宣言したのです。
販売業者によれば、動作原理はよく分からないけどとにかく赤さびを黒さび化して飲料水に混入しないようにし、かつ配管更新を不要にできる配管延命装置だ、ということです。
いま当業者のHPを見ると、一応理論めいたものが動画で解説されてはいますが、はっきり言って内容はめちゃくちゃですね。
ずっとあちこちから背景となる理論やメカニズムの説明をもとめられ、「理論はないけど効果はある」だけでは押し切れなくなって無理やり考えたのかも知れませんが、見る人が見れば科学的にはナンセンスであることは一目瞭然です。
論文すら出てないのでは話にならない
ただ、ここではその理論について云々しません。
浦安市議会での市と議員の間で交わされたやりとり、特に「学術論文」について。
2021年12月の市議会での一コマ。
ある議員さんが、その装置の動作原理や実際に効果があるのかどうかについて学術論文はあるのか、とせまりました。
これに対し市の担当は、ひと月前に業者に問い合わせたがそれについて回答はなかった、と。
つまり1個数百万~1千数百万円もする、高額だが科学的根拠のない装置を市は導入しようとしていたのです。
で、横浜市による10年来にわたる調査で効果がないことが確認されたこともあり、結局2022年3月の導入中止決定となったのでした。
論文があれば十分か?
科学的根拠って重要ですよね、特に市民の税金が使われる事業に対しては。
この導入中止に関しては私ももちろん賛成です。
しかし付け加えたいのは、仮に装置の動作原理を示す学術論文を業者が(あるいはどこかの研究機関が)出していたとしても、それだけでは不十分だよということ。
日頃多くの人に科学の話をしていると、科学論文についてはちょっと誤解がある向きもあるように感じます。
論文出したからってその内容が100%正しい、などということは全くありません。
特に、理論に関する論文(今の場合、この装置はこういう原理で赤さびを黒さび化しているんだよ、とか)はあくまで「仮説の提示」です。
本当にその理論が正しいかどうかは、その後の他の研究機関による追試を経て確かめられていかなければなりません。
そこには膨大な理論的検証や実験が含まれるでしょう。
科学はこのように手間暇かけて進展していきます。
議員さんが市の担当者に、この装置の動作原理を示す学術論文の有無を確認したのは的確です。
しかし、一本の論文で「科学的に実証され」るわけではないことには注意が必要です。
論文は時として撤回される
過去を振り返りますと、例えばフランス・カーン(Caen)大学のセラリーニ教授が2012年に発表した論文では、遺伝子組換えトウモロコシを食べたラットに大きな腫瘍ができたことが報告されています。
しかし多くの研究者からその内容について疑問と批判が噴出し、フランス政府が調査に乗り出しました。
その結果この研究には不備があることが明らかに。
更にフランスの獣医学、技術、農学、医学、薬学、科学の6つの学会が、この論文が科学としての体裁を整えていないとの共同声明を発表するに至りました。
かくしてセラリーニさんは論文撤回、イタタ‥
論文だけではダメなんですよね。
あ、でも論文を出すこと自体は有意義なことです。
研究結果は論文に出さなければ、誰にも知られることはありません(週刊誌にだけ出したって研究者仲間は見向きもしないでしょうから)。
論文は出す、と。しかしその後が重要なんです。
研究論文なるものに過剰な価値を付与しないことが大切ですね。
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