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非モテ女子の観点から読む芥川賞受賞作「ハンチバック」


前置き自語り


芥川賞受賞作「ハンチバック」を読んだ。
重度障害者当事者が書いた小説ということで話題を呼んでいるのだが、そういう視点では既に語られまくっているであろうから「ハンチバック」の主に前半における障害者の問題は横に置いておいて、特に後半を「非モテ女性」の観点からの感想を書こうと思う。
(ちなみに読書バリアフリーについては学校で習った覚えがある。視覚障害者はパソコンの読み上げソフトを使えるのでインターネットをむしろ使いこなしている、ただしテキスト形態なら読み上げソフトが読んでくれるのだがPDFだと読み上げに対応していないのでPDFは視覚障害者に優しくない…という話を思い出した)

私は今でこそ既婚だが、学生時代は非モテだった。「喪女」という言い方の方が一般的だけど積極的に名乗りたくないみたいな自意識もあった。
高校一年生の頃は友達すらいなかった。携帯はあれど孤独だった。最強であるはずの女子高生、JKであるのにも関わらず、群れられない私は最強になれなかった。携帯の向こうではJKという記号があんなにも持て囃されているのに。

「ハンチバック」を読むと、そんな非モテ孤独時代の私が思い起こされる。私は障害者ではないが(発達はあるかもしれないが…)、親には恵まれていて、不良ではないからこそ感じる孤独があった。ネットで性的な動画、出会い系、風俗嬢を見てそれに憧れを持った。出会い系でロリコンおっさんに捕まって人生踏み外すことで閉塞感を打破したい気持ちがあった。堕胎への憧れ…まではいかないけど、掻き出された胎児が映る堕胎動画を自分から興味本位で見に行ったことがあるのを覚えている。
主人公の釈華がエロ記事を書いている、のも性的な願望を抱く、のも昔の自分を思い起こせば感覚的に分かる。堕胎願望もその延長上にある。


感想


「ハンチバック」を読み進めて田中が主人公の釈華に悪態をつき始め、更には主人公の裏アカ紗花を特定する展開で私は思った。
「これこそ、非モテ拗らせて思い浮かぶ妄想…!」と。
ネットでの秘めた裏の人格をリアルの人間に知られる、という物語はネット入り浸りの人間にはゾクゾクする展開だ。匿名掲示板と同時にウェブ小説「絶望の世界」にハマっていた私は思う。
それが性的な裏人格を男性に暴かれるとなると今度はエロ小説のワクワクする展開になってくる。エッチな妄想を呟いていた裏アカが男性にバレて同じことをされる、とかTL小説や夢小説で見たことある! ホストを呼ぶくらいなら俺でどうだって持ち掛けられる展開私書いたことある!
もはや「ハンチバック」は釈華を主人公にしたTL小説になった。「田中に蔑まれ裏アカの内容を読まれ一億で体を売ってもらえる」のは障害のある主人公が持てる最大限の歪んだ恋愛願望だ。(この「障害がある」は自己肯定感が低く、卑屈な非モテ女性にも置き換え可能である)たとえ妊娠しても堕胎までしか叶わないのと同じで、可能性のある相手はイケメンではなく田中しかいないし、しかも一億渡してやっと性交してもらえる。
田中の悪態〜フェラに至るまでの展開そのものがもしかしたら、単に田中に身体を洗われたという事実のみから発生した釈華の妄想であった……、という見方すら出来そうだ。
まあ、作中事実であるという見方の方を取るけど。

釈華は咽せて田中にフェラまでしか出来なかった。口内射精された直後の「それは良くない。」の一文は不謹慎さと急な冷静さが相まって一番の笑いどころだった。肺炎になった釈華が肺に小鼠のイメージや田中のルサンチマンを感じているところは、妊娠のイメージを重ねていたのかもしれない。田中は入院中の主人公の元に一度現れて、「死にかけてまでやることかよ」と最後の悪態をつき、「お大事に」と主人公の前から消えた。
釈華の堕胎したい願望は、途中までしか叶わなかったことになる。
釈華は田中が邪悪であってほしい、小切手を持ち去ってほしいと願った。しかし、そうならなかったことで、二人にあったことが「なかったこと」にされて打ちのめされて釈華の一人称は終わる。これは「失恋」という苦い結末で終わったようなものである。釈華なりの幸せすら掴めない、この切なさこそ純文学、芥川賞的。

ラストの解釈


さて「ハンチバック」はここで終わりではなく、聖書からの引用を挟んで別の人物からの視点がスタートする。その人物は健常者で風俗嬢の紗花だ。紗花は客に障害者を殺した兄がいることを語り、その障害者をモチーフに小説を書いている。……このラストが賛否を呼んだり解釈が分かれたりしている。
「本編のそのまま続きを紗花という別人物に語らせた」「釈華の一人称部分は紗花の書いた作中作であった」「紗花は釈華の裏アカである紗花を再構成した姿である」「釈華と紗花はお互いの願望を具現化したパラレルワールドの存在である」「紗花は釈華の生まれ変わりである」等。
私はラストを数回読み返してこう解釈した。まあ上記の解釈を混ぜた感じであるが。
「田中にせめて邪悪であってほしい、と願った釈華は、田中がもっと邪悪な存在であったなら理不尽に自分を殺してくれて小切手ではなく通帳を持ち去るだろうと想像した。そして、田中が殺人犯になったことで田中の家庭は壊れ、田中の妹は殺された釈華の存在に影響されて「紗花」の源氏名を名乗る風俗嬢になる(兄に殺された女性が少し変わった名前である…、と認識しているということは紗花は本名ではなく釈華を意識した源氏名、と捉える方が自然かな)。それは、釈華の死によって高学歴ホスト好き風俗嬢の紗花が誕生したということで、釈華が裏アカ紗花として願っていた『生まれ変わったら高級娼婦になりたい』を体現したことになる。紗花は後に堕胎の夢をも叶えてくれる……」

以上。書き足したくなったら書き足すかも。

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