つまらない深夜の話 2020.6.1 2:00

去年のブログを読み返すと、作られた言葉ばかり書いていてむずっとする。それも歴史だからとっておくけど、写真を見返すと誰かに作ってほしいと言われたものばかり並べていたんだなと思う。自分が作りたいもの作ってるように見えるけど、これはちょっと違うなあと今は思う。

脱線も遠回りも道であることに変わりはない。後悔はないし、それがあったからこういうものを作ろうとか、こういう風に生きようとか今思えるのであって、違うことをしてしまっても、間違えたとしても、それを悪いことにするか、栄養にするかは自分次第だ。自分次第で決められるのなら、栄養にする方を選びたい。失敗や間違いをマイナスなもののままそこで止めると、それが他人のことでも自分のことでも、悲しくなったり怒りたくなったりするんだ。

去年の今頃の夜中、出店終わりにだんなしとふたりで荷物を担いで歩いていた。誰もいない真っ黒な夜の公園に『ホーホー』という声が響いていた。

ふくろうかな?でも東京にふくろうなんているのかな?なんだろうね?

その声はその日だけじゃなく、何度か聞こえる日があった。

そんな夜の真っ黒な公園のことも、フクロウみたいな鳴き声のことも忘れていたんだけど、最近お風呂に入っていると聞こえる日があるんだ。『ホーホー』という声が。レモンの匂いがするお風呂に漬かりながら、ずっと響く『ホーホー』という声を聴く。一定のリズムが心地よいので、ゆっくり聞いているとのぼせそうになる。

あれはふくろうかな?でも東京にふくろうなんているのかな?まだわからないね。

そういえば毎日お風呂に浸かれるの、いつからあたりまえになったんだっけ。