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妖怪も酒に飲まれて愚痴を吐く「坂の上クラフトビールバー」/ 第二話 二口女×みちのく福島路ビール

「坂の上クラフトビールバー」は、その名の通り、坂の上にある。

裏路地をぐんぐん進み、これでもかとぐんぐん進んだところに、突然ぽっかりとあらわれる坂。その坂をさらにぐんぐん上っていくと、運がよければ出会うことができるビアバーだ。

日本各地のクラフトビールを仕入れ、ドラフトや瓶で楽しむことができる。その種類は500銘柄以上。

入り口には小さな裸電球がひとつ。
表札くらいに小さな看板を、ゆらゆらと照らしている。

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「この時間に唐揚げとかありえません。食べるとしたら野菜スティック一択です」
「野菜スティックとか虫かよ。んなもんばっか食ってるから、でかくなるもんもでかくならないんだろ?」
「はあ?野菜スティック食べる虫がどこにいるんですか。それを言うならうさぎでしょう?だいたい唐揚げたべたって胸はでかくなりませんからね。なに小池栄子の言うこと真に受けていらっしゃるんだか、ってか小池栄子がそれいってたのもだーいぶ昔の話かと思いますよ。どうせ「巨乳 なりかた」などで検索したのでしょう?」
「はあ?!お前ふざけんなよ」

今日のお客さんは美人のおひとり様だ。薄い肌は透けるように白く、真っ黒な髪はつやつやと長い。そんなおひとり様女性が、メニュー片手に先ほどからひとりでぶつぶつ、いやかなり大きな声で独り言を言っている。

(ひぃぃぃ……マスター早く帰ってきて~)

こんな日に限って、マスターは会合だかなんだかで店を不在にしている。美しい女性がカウンターで一人、大声で話しているのはなかなかに見ていて怖かった。

「ちょっと店員さん、ビールまだ!?いつまで待たせるんだよ!」

「はい、いまお持ちいたします!」

先ほどオーダーされた生ビールを、慌てて2つカウンターに置くと、

「急がせてしまってごめんなさいね。あと料理の注文もいいかしら?」

と女性は優しくほほ笑んだ。

(ひょっとして、二重人格……?!)

コロコロと変わる態度は、まるで別人のようだ。

「あ、はい!少々お待ちください、今伝票を……」

オーダーをとろうと、手元の伝票を手繰り寄せる。そしてふと目をあげると、カウンターのグラスのうち、ひとつはもう空っぽだった。

「えっと、野菜スティックと唐揚げ。あとビール1つおかわりくださいな」

いつの間に飲んだのだろう。まるで一瞬で吸い込んだかのようなスピードだ。
わたしが唖然としていると、目の前の女性はグラスに少しだけ口をつけ、「あぁ、おいし」と小さく呟いた。


「すみませーん、タコスとフライドポテト大盛で!大至急ね!大至急」
「そんな脂ものばかり食べるなんて、狂気の沙汰です。キャンセルで!このイチジクの盛り合わせをひとついただけますか?」
「はあ?そんなん腹の足しにもならねぇだろ!こっちは腹減ってんだよ」
「減ってません」
「減ってんだろ?!なにか?お前の腹は宇宙にでもつながってんのか?」
「おっしゃる意味が理解できません」

お酒が入るにつれ、女性の独り言はどんどんおおきく、そしてエスカレートしていった。時々自分の頬をつねったり、突っ込みのように自分の肩を叩いたりしている。

「だいたい、あなたがそんな風だからあの人にも距離をとられたんでしょう?」
「はぁ?あいつに振られたのあたしのせいだっていうのか?」
「彼には振られてません!」
「振られたよ、ありゃ完全にな。おい店員さんよ、男のいう「俺たち距離をとろう」は別れようってことだよな。あんただってそう思うだろう?」

できるだけ絡まれないよう女性に背を向け、グラス棚の整理をしていたのに。
ついに一人会話に巻き込まれてしまった。

「えっと……えーっと……さぁどうでしょうか」

百歩、そう百歩譲って独り言ならまだいい。しかしその独り言にわたしを巻き込むのはやめてくれ!!!

「大体よ、ろくな男じゃなかったんだよ。口癖がよ『俺はいつかビックになる』だぜ?いい加減そんな夢話にうんざりして、じゃあ何で大成するのか、そのために一体お前は何をしてんのかっつって詰めたらよ、すうっとフェイドアウトだよ。そんな男別れて正解。そう思うよな?」

「あぁ、そうなんですね……」

わたしは忙しいふりをして、あいまいに頷く。
しかし、たしかに『俺はいつかビックになる』系男でロクなやつに会った記憶はない。ダメ男の典型だ。

「いえ、彼はちゃんと夢を追っていました!彼は大器晩成型だったんです」

「そりゃ自分で言ってただけだろう?っつーか大器晩成って何において大器晩成するんだよ?目の前の仕事に対して毎日ぐちぐちぐちぐち愚痴ばっかでよ。そのくせありもしねぇ夢ばっか語ってよ!ってかあんた聞いてくれよ、そいつさこないだこういったんだぜ。『俺は音楽の才能があるかもしれない。ギターをはじめようと思う』ってよ!!!あんたいくつだよ、って話だよ!もう37歳だぜ?」

うん、それは確かに別れて正解だった!でもここで絶対別の人格が……

「それでも、それでもわたしは彼を愛していたのに!」

まぁ出てくるよね。

「夢を追うのに年齢なんて関係ないはずでしょう?!わたしは彼を愛しているし、彼とは別れていないんだから!」

女性はそのままカウンターに突っ伏すと、おいおいと声を上げて泣き出してしまった。

(あーこのお客さん置いてもう帰っちゃおっかなぁ……)

そう思いふと横を見ると、いつの間にかマスターがにこにこと立っていた。

「ひいぃっ!ちょっ、マスター!いつ戻ってきたんすか!気配出して帰ってきてくださいよ!!!」

「遅くなってすみません」

そういうと、女性の前にグラスをことりと置いた。

「いらっしゃいませ、二口女さん」

マスターの声に、女性は涙でぐちゃぐちゃの顔をあげた。

「マスター……」

「お話は聞いておりました。それはお辛かったでしょうね」

女性はうんうんと頷き、再びカウンターに突っ伏していたが、急にその髪がぶわりと広がる。

そして……そこに現れたのは、大きな口だった。
「おう、マスター久しぶりだな。ってかマスターからもこいつになんかいってやってくれよ」

(ぎゃああああああああああああああ!!!くちいいいいいいいいい!!!)

パカリと大きく開いた口は真っ赤で、ギザギザの歯がたくさん生えていて、なんともグロテスクだった。
咄嗟に悲鳴をこらえた自分、なんて偉い!!!

「せっかく300年ぶりにできた恋人だったのに……もういやです。この人いつだってわたしの恋の邪魔ばっかり!!!いつだって邪魔ばかりするんです!」
女性がガバリと身体を起こす。

「さっきだって!こんな遅い時間に油ものばっかり頼むんですよ?!体に悪い物ばかり。入るのは同じ胃だっていうのに、わたしがいつも体型や肌にどれだけ気をつけているか知っているくせに!」

「お前が気にしすぎなんだよ。あたしはこの体に正直に生きているだけだぜ?我慢したってしょうがないだろ」

「女は我慢しなきゃならないものなんです!」

「はぁ?そんなことして何になるっていうんだよ!」

「まぁまぁ、お二人とも。落ち着いてください」

ぎゃぎゃと騒ぐ二人(一人)をマスターが優しくなだめる。

「実は最近、美味しいビールを仕入れたのでよかったらいかがですか?二口女さんにぴったりな一本だと思いますよ」

そういって一本のビールをカウンターに置いた。
茶色い瓶に白いラベル。ピンク色の文字がポップでかわいい。

「わたしにぴったりな一本なんてないと思います。わたし後ろのただの口だけお化けとは趣味嗜好が全く合いませんので」

「はぁ?おまえがいつまでも夢のようなことばっかいって、ふわふわしてっからあたしが是正してやってんだろ?」

「お化けのおっしゃっていることなんて、意味がまったく理解できません」

「おいお前ふざけんなよ!」

「まぁまぁまぁ。とにかく飲んでみてください」

マスターがにこにこと、ボトルの瓶を開ける。

「こちらはみちのく福島路ビールの桃のラガーです。フルーツ王国とも言われる、福島県産の白桃(あかつき)を贅沢に使ったビールなんですよ」

グラスに注ぐと、ふわりと桃のいい香りが漂う。
白みがかった、濁りのある黄色い液体はとろとろとしており、見ているだけで美味しそうだった。

「まぁ美味しそう」
「あーでもあたし甘いビール苦手なんだわ」

ふたつの声がかぶる。

「どうぞ。まぁ騙されたとおもって飲んでみてください」

マスターはビールをふたつのグラスに分けると、二口女の前に差し出した。

「マスターがそういうなら……」

そういうと女性はひとつのグラスを手に、もう一つのグラスはくるくると器用に髪で掴んで(髪で!!)それぞれの口に運んだ。
ふたつの口で同時に飲むかからだろうか。女性の細い首元がゴクリゴクリと大きく上下する。

「わぁ、すごい桃の味!甘酸っぱくで爽やかで。本当に桃を食べているみたい!」
「こりゃいい!甘ったるくなくて意外にドライだな!」

ふたつの歓喜の声が同時にあがった。

「それはよかったです」

マスターはほほ笑んだまま、残りのビールをふたつのグラスに注いだ。

「白桃の重厚な香りや味わいを存分に感じつつも、甘ったるくなくドライな余韻。桃のラガーは絶妙なバランス感を持っているビールですよね。きっとお二人の口にあうビールだと思っていたので、実際気に入っていただけてよかったです」

「本当に美味しい」

一本を2つにわけるので、グラスの中身はあっという間に空になってしまう。

「おいマスター、もう一本くれよ!」

後ろの口が、髪でグラスを持ち上げながらいう。

「かしこまりました。このビールを醸造しているみちのく福島路ビールですが、桃のラガーの他にも林檎エールやピーチエールなど、様々なフルーツビールを造っているんですよ。よかったらそちらも試してみますか?」

「わぁ、おいしそう!」
「おっいいね!」

「かしこまりました。ではまず林檎のラガーから」

そういって冷蔵庫から赤いラベルのビールを取り出す。

「二口女さんは、常にビールをシェアできるので様々な種類のビールを楽しめていいですね」

王冠を開け、次の一本を注ぎながらマスターが言った。

「それは……まぁ、たしかに……」

あたりに林檎のかおりが優しく漂う。

「美味しい物を食べたときも、美しい景色をみたときも。いつだって感動をシェアできるのは素敵なことですね。わたしは生涯独り者ですから。少しうらやましくもあります」

二口女は、こくりと頷くとグイグイとグラスのビールを喉に流し込んでいった。

(マスターすごい!なんかいい感じに収まった!……ってあれ??)

ふと見ると、二口女の髪の一部がゆるゆるとマスターの腕に巻き付いている。
そしてそれをほどこうとする、女性。

「そっか、マスター独身か!いいじゃん、あたし枯れ専なんだよね」
「ちょっと!やめなさいよ」

(あーもう帰っていいかな……)
わたしはふふっと穏やかに笑みを浮かべつつ、用があるふりをして裏に逃げようとすると
「佐伯さん、ビールの補充お願いしますね」
すかさず背中にマスターの穏やかな声が飛んできた。

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はてさて。坂の上クラフトビールバーの夜はとっぷり更けていく。

生きずらい世の中よ。今宵も妖怪たちが酒を飲んで飲まれて愚痴をはく。今夜のお客は二口女さん。次はどんなお客が来るのやら。

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