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百人一首「朝ぼらけ 有明の月と みるまでに 吉野の里に 降れる白雪」(坂上是則)を英語に翻訳する4つのプロセス

今回は「和歌の翻訳」がテーマです。その手順と感覚の記録です。

なぜ和歌の翻訳なのか?

ある日、ぼくは、いつもと少し違う道を歩いていました。

すると、遠くから、すてきな女性が声をかけてきたのです。
「もしかして、あなたは英語とフランス語の翻訳をやっていませんか?」

そして、
「和歌の翻訳に興味があったらやってみませんか?」
と誘っていただいたのです。

それは、この方。

遠藤朝恵
グラフィックデザイナー・ アートディレクター、クリエイター、 主婦、ふたりの娘の母。
広告代理店等の勤務を経て2000年に独立。
「紙、ときどき布」が活動のコンセプト。

東京都在住。
Instagram @azroom_waka
https://www.instagram.com/azroom_waka/
@azroom_utsutsu(バッグデザイン)
https://www.instagram.com/azroom_utsutsu/

そのいきさつは、のちほど記事にしようと思います。



なぜ翻訳なのか?


①外国語を話す自分が、どのように世界を理解するのか?
それは幼いころからの願望でした。世界はどのように見えるのか?

②想像力と言葉のあいだに入る
子どものころからずっと、「イメージすること」と「言葉を話すこと」に関心がありました。

③アルゼンチン語学留学の苦い経験
20代の2年半、アルゼンチンへ語学留学。
ロマンス語(スペイン語、フランス語、イタリア語、ポルトガル語)+ 英語を学びました。

でも、自分がおもったような成果は上げられず、悔しい思いをして帰国しました。その後も、自分の理解能力にあった方法を探してきました。

④なぜ言葉があるのか?頭ではなく、体で、感覚で分かりたい
外国語を話した後の疲労感。また別言語への移動。
体験して分かること。ぼくの興味はだいたいいつもそこにあります。
自分がやってみて、分かりたいのです。

⑤言語と言語のあいだにいる感覚が好き
異なる音韻体系のあいだに身を置き、重なり合うイメージと意味を照合する感覚が、どういうわけか好きなのです。
外国語を聞いて「意味が分からない」という状況になると、ぼくはテンションが上がります。

ぼくが好きな場所。
それは、「言葉そのもの」「外国語」「イメージの間にある巨大な世界」

だから、ずっと、自分のペースで「外国語」と「日本語」と「言葉をうまく話せない自分」と、ひとつひとつつきあってきました。

あきれるくらいの遅さで。



どのように翻訳するのか?(翻訳プロセス)

最初は、何回も口に出して言います。
意味が分からなくても、繰り返します。
そして、日本語が話せることを噛みしめます。

1000以上年前の中世のポップシンガーが作った流行歌を、2019年の私たちは、同じ音韻で詠むことができる。

ぼくには、奇跡のように感じられます。
それは、小さくない具体的な幸せのひとつ。

以下は、自分で作った翻訳プロセスです。



1. 外部情報
2. 内部情報
3.展開①
4.展開②

1. 外部情報
作者名
性別
原文
作った年齢
作者像
作品番号
一般的な現代日本語訳

2. 内部情報
原文解析(SVO)
要素分解
意味上のニュートラルテキスト
映像イメージの順序を整理

3.展開①
現代日本語訳の翻訳バリエーション
英語の翻訳バリエーション
採用候補とその理由
採用された翻訳文

4.展開②
フランス語翻訳



翻訳作業の具体的な内容

対象和歌
坂上是則
朝ぼらけ 有明の月と みるまでに 吉野の里に 降れる白雪


1. 外部情報

これは、本やネットで調べます。複数の情報に当たり、比較検討。あたりをつけます。


2. 内部情報

ここからが現代日本語への翻訳。

原文解析(SVO)
Subject 是則
Verb みるまで
Object 白雪
Adverb time 朝ぼらけ(夜明け)
Adverb place 吉野の里


要素分解
仮説①
Subject 是則
Verb みるまで
Object 白雪
Adverb time 朝ぼらけ(夜明け)
Adverb place 吉野の里

仮説②←採用(主語:白雪)
Subject 白雪
Verb 降れる
Adverb time 朝ぼらけ(夜明け)
Adverb place 吉野の里
従属文のS 是則
従属文のVerb みるまで
→詩の構造:朝ぼらけ(時刻)。白雪(主語)


意味上のニュートラルテキスト
①場所は吉野の里、朝ぼらけの時刻。
私はそれを見て「有明の月」と判断するほどだった。
それとはつまり、降り続いている白雪。

②吉野の里の夜明けの時刻。
私は降り続いている白雪を見た。
それは私に「有明の月」と判断させるほどだった。

2つの仮説hypothesis(この和歌の主語について)
①私が見ている「白雪」
②白雪を見る「私」

※補足
「まで」は極端な程度を表す副助詞

映像イメージの順序を整理
映像イメージ
認識主体が、気が付くと「朝ぼらけ」のなかにいる
 →対象を認識する
 →その対象を「白雪」と判断する
  →それは「有明の月」ではないと気が付く
   →「有明の月」と判断させるほどの「白雪」であることに気が付く
    →最後に客観意識が働き「吉野の里に」という場所の副詞が付与
     →認識の後、降り続いている白雪、その中にいる認識主体

映像の明度と彩度のイメージ

闇の中に白がある
①闇:朝ぼらけ:闇の中の薄明かり
②白:白雪の明かり

ポイント
倒置法・体言止めの「ふれる白雪」をどのように翻訳するか
 →言語の倒置はイメージの倒置とイコール


3.展開①

ここからが現代日本語から英語への翻訳

現代日本語訳の翻訳バリエーション
①吉野の里の夜明け。
降り続いている白雪。
私がそれを見たとき「有明の月」と判断するほどの。

②夜明け。
吉野の里に降り続いている白雪。
それは、私がそれを見たとき「有明の月」と判断するほどの。

③夜明け。
それは、私が見たとき「有明の月」と判断するほど、
吉野の里に降り続いている白雪。

④吉野の里の夜明け。
私は降り続いている白雪を見た。
それは私に「有明の月」と判断させるほどだった。

⑤夜明け。
私は、吉野の里に降り続いている白雪を見た。
それは私に「有明の月」と判断させるほどだった。

⑥夜明け。
私が見たとき「有明の月」と判断するほどの白雪。
それは、吉野の里に降り続いている。

 →この現代日本語を採用



現代日本語訳の翻訳⑥を基準にして、英語に翻訳していきます。

英語の翻訳バリエーション

At around dawn,
the snow is falling in Yoshino's village,
it seems like the light of daybreak moon remaining in the sky.
ポイント
・文節の順序:シンプル
・t seems like:主語を取らない→詠み人(是則)の ”I” を登場させない
・the snowが序盤に登場


At around dawn,
just as though the light of daybreak moon remaining in the sky,
the snow is falling in the Yoshino's village.
ポイント
・文節の順序:倒置法→snowを後半に登場させる狙い
・主語:the snow


At around dawn,
just as though the light of daybreak moon remaining in the sky,
Yoshino's village shines with the falling snow.
ポイント
・文節の順序:倒置法→snowを後半に登場させる狙い
・主語:Yoshino's village→snowを詩の最後に登場させる狙い


At around dawn.
Yoshino's village shines with the falling snow so that
I thought it the light of daybreak moon remaining in the sky.
ポイント
・文節の順序:説明的。snowが中盤に登場
・主語:Yoshino's village(”I” も登場)


採用候補とその理由
選択:③
理由:
①原文と同じ倒置法で、snowを詩の最後の単語として登場させている
②主語を「snow」でも「I」でもなく「Yoshino's village」にすることで、原文の構造に近づけている
※原文の構造:「朝ぼらけ」と「白雪」のあいだにいる認識主体
→「At around dawn」と「the falling snow」のあいだ「Yoshino's village」にいる認識主体(”I”=是則)


遠藤さんより採用された翻訳文
選択:①
理由:
・語感
・是則が登場しない中立的な感じ
・淡々とした印象


4.展開②

ここからがフランス語への翻訳

英語
At around dawn,
the snow is falling in Yoshino's village,
it seems like the light of daybreak moon remaining in the sky.

フランス語
À l'aube,
la neige tombe dans le village de Yoshino,
il semble que la lumière de l'aube lune reste dans le ciel.

このようにして、翻訳作業は着地を迎えます。


和歌の翻訳を通して通過する世界

①「語順・イメージ・展開・収束」というストーリー
②「あいうえお」という音と組み合わせの美しさ
③最小限の表現形式への驚き
④それを詠んだ人物への共振
⑤時間を超えて持続してきた言語の記憶


平安時代の坂上是則による和歌
朝ぼらけ 有明の月と みるまでに 吉野の里に 降れる白雪

2019年の島津共範による現代日本語翻訳
夜明け。
私が見たとき「有明の月」と判断するほどの白雪。
それは、吉野の里に降り続いている。

英語翻訳
At around dawn,
the snow is falling in Yoshino's village,
it seems like the light of daybreak moon remaining in the sky.

フランス語翻訳
À l'aube,
la neige tombe dans le village de Yoshino,
il semble que la lumière de l'aube lune reste dans le ciel.


自分で作った翻訳フローを通過しながら、ぼくは、深くて地味な感動の中に滞在することになります。

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