記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

[読書感想文] 季刊 民族学 189

特集タイトルの「先住民のデジタル世界」というのだけでもう最高。

先住民とは違うけど、マッチョのアフリカ系外国人たちが踊りながら日本語メッセージを読み上げてくれるサービスも一時期流行ったし、勝手にミスマッチ感を味わって楽しんでいるだけだけど、昨今のデジタル世界は便利で楽しすぎる。

それを民族学博物館がやってくれるのであればそりゃもう、どの記事も垂涎ものになること請け合いですよ。

先住民がデジタルに通じるというのは、それまでの生活が不便で、デジタルで便利になる場合、文化的文明的意義があったものとしても便利な方を選ぶことで歴史がなくなっていくという、文化的損失に繋がる場合がある気はする。とはいえ、それは所詮部外者がピーピー言ってるだけで、誰だって便利な生活をしたいに決まっている。

自分が日本にいるという、割と恵まれた環境にいるから「先住民のデジタル生活」を知れておもしろいぜ!とか言ってるだけであり、彼らにとってはごく普通の生活だというのは忘れないようにしたい。というか彼らが日本の生活を見たらそれはそれで「こいつらなんちゅう変な生き方、しかも満たされない生活しとるんやガハハ」と思われる可能性も全然あるしな。幸福度で言えば全然彼らより圧倒的下な自信はあるし。ネットがない時代にはもう戻れないけど、それで幸福度が上がったかというと、難しいところ。使いようだろうなー。

でも、確実に良いこととしては、これまで口伝や筆記でしか残っていなかった文化が、映像でくっきり残るようになったし、それで世界中どこにいても体験できるようになったこと。そのおかげでこういう素晴らしい本が読めたわけで。

あと、このご時世、別の国に移ることがそこまで難しくなくなってきたが、そのおかげでナショナリティ、コミュニティを失いがちになりそうなところ、ネットで友人たちやコミュニティの仲間と繋がったり、情報発信/受信することで自分もその一員なんだという思いを保てるのも強い。

モザンビーク島や、グアテマラの死者の日などはデジタル関係なくないか?と思いきや普通に特集外だった。でも普通におもしろかった。

とにかく全体的に写真が良い。これもまたデジタル社会の恩恵。

歌と踊りのデジタルアーカイブ

マオリの歌と踊りがfacebookを初めとしたデジタルアーカイブで残されているという記事。このマオリダンス、どの写真を見ても全員もれなく眼をかっぴらいているのがすごい。そして結構怖い。最近、目元がたるみ始めたので彼らを見習って目をかっぴらいてみよう。

体育館に泊まり込んで週末練習しまくるの、なんか羨ましいなぁ。絶対大変だから自分は一日目でダウンしそうだけど。そういう団体活動に憧れる気持ちはある。しかもそれが趣味ではありながらも、ナショナリティ的活動できるから、やり甲斐あるだろうなぁ。

羽根飾りの冠に弓矢を構え、スマホで繋がりドローンを操る

ペルーのアマゾニア先住民の森と河を守る運動。昔は広大なアマゾン河流域を歩き回り、怪しいやつを弓矢で撃つというほぼ無理な作業だったところ、今は違法な森林伐採業者とか、領土侵犯をしてくるやつらをドローン、GPS、スマホを駆使して監視できるようになった。敵の技術も上がっているが、それに対抗してデジタルパワーでなんとかしていく。なんとかなってほしい。

国境係争地でスマホを開く

インド北東部、ミャンマー、ブータンに挟まれた、かなりややこしいところ。インドではあるが町並みは中国っぽく、写真だけでもうだいぶお腹いっぱいになれて良い。そして聖地の岩場で経を唱える男性を背後に自撮りするガキが空気読まなさすぎて良い。

聖地参拝後に夕方に車を停め、景色がいいから休憩しよう、と言ってからボリウッドを流して暗くなるまで踊り始める筆者たち。中国に近いとは言え、やっぱりインド。

儀礼の実践模様が記録されたデジタルデータは、モンパにとって単なる情報以上のものである。そのデータは、それ自体が化身ラマの力の一部であり、それを保存したスマホは、高僧の力やご利益を宿したものとなる。

p63

*モンパ:モン地域の人

スマホみたいなデジタル機器であっても聖なるアイテムなりうるというのも良いなぁ。偶像崇拝はどんな形でも成り立つのか。将来的には祭壇にスマホが祀られる未来も来るのか…?うーん、もはやSF。

ネット コタン アンカラ(アイヌ語でネットの街を作る)

筆者がアイヌで且つ北海道大学教授、そして記事内のイラストも自分で書いているという強さ。

北大でアイヌ文化講義をすると、「人気コミックを通じて」受け始めた学生が多いとのこと。やっぱりなー。

ただ、そんな中でも2019年のアイヌ施策推進に関するパブリックコメントではなんと98%が差別的表現を含んでいて対象外になったらしい。アイヌなんてなかったとか、先住民族ではないとか、差別はないとか。中には差別だと思わず差別しているマイクロアグレッションもたくさんあった模様。しかし、こういう風にアクティブに差別する人たちは一体何がしたいんだろうな…

そして、それと逆のように見えて同じくらいたちが悪い、アイヌ文化グッズ販売業者や、文化のテキトーな紹介(普通に間違った知識)なども余裕で迷惑をかけているという話。それで儲けるのであればアイヌ文化に還元すべきというのは当たり前だが、そういうやつらにそれを言うと、「文化を紹介してやってるだろうが」みたいな言い草するんだろうなー。ゲーム開発者に感謝しないゲーム実況者に近い何かを感じる。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?