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【原体験】大好きな家族の笑顔の中心には、いつも食事があった

先日、原体験ジャーニーを受けていると、意思決定や価値観が母の背中に大きく影響されていることに気付いた。幼いころに父親を亡くし、4人姉妹の末っ子である母親。そんな苦労が絶えない家族だったそうだが、この話を知ったのも、僕が30歳を迎えて以降の話だった。

飲食店で働くことを、誰よりも心配して反対してくれた両親。子供の健康を考え、居酒屋という夜のお仕事。社会的地位を心配したことも頭にあったと思う。当時は感情が整理出来ず、両親と話した後、100m先の駐車場の車の中で、一人でひたすら泣きじゃくった。それでも最後は飲食店で働くことを自分で決めた。忘れもしない13年前の9月14日だった。

そんな僕が、自分がいまもなぜ、飲食店を経営する会社で働いているかを考える機会があった。東京ブランディング大学校というコミュニティに入ってから、何度か受けている原体験ジャーニーだ。そこで、Tさんとのペアワークで原体験の一つである、両親に告げた場面を深堀りして頂いた。

決断をするとき、共通してあるのは何か、という問いだった。思い返してみると、僕が決断するときの共通点は、周りの人の笑顔のためになるか、という点かもしれなかった。そう考えると、原風景が思い出された。

それはお正月。母親は毎年、近くに住む親戚のために、何十人分もおせち料理を作っていた。これを何十年も続けている。仕込みから、買い物、それぞれの好みまで把握しながら、台所に向かう。クリスマスを終えたあたりから、どんどん忙しくなっていく。近所のスーパーにないものは、通販を使ってでも、食材を用意する周到ぶり。親戚との関係の話なので、材料費以外の報酬が発生することもないので、得をすることはない。

親戚に手伝ってもらいながら、仕込みが進んでいくと、綺麗に彩られた重箱の横で、端材をつまみ食いしている母親が居る。味見がてらに、一つのタッパーに詰められた寄せ集め状態のおせち料理。「これが楽しみやねん」と笑顔で幸せそうに語る姿に、子供の頃から尊敬の念を抱いていた。

そう考えると、自分の大好きな家族の笑顔は、食事を囲んでいる時間が最も多かったことに気づいた。みんなで集まって、笑顔で美味しい食事を囲む。小さい頃の思い出をたどると、豪華な食事に驚いたり、美味しいねと言いながら笑顔で話す家族が居た。祝いの席ではお酒が振舞われ、普段はとっつきにくい親戚も、顔を赤くして共にその時間を楽しんでいた。そんな原風景をいくつも覚えている。

母親はいつも、損か得かじゃなくて、やってあげたいと思ったことに心のままに動ける人だった。きっとその姿に、自分を重ねて、自分もそんな人になりたいと思ってきたんだな。だからこそ、あの時の「飲食店で働きたい」と言った自分は存在したんだと思う。

だから、あの時「賛同してくれなかった」ことを思い出すと、お店でこんなにも喜んでいる人たちがいるのに、なんでそれを否定するんだ!という怒りにも似た感情を思い出す。でも、そうじゃなかった。

今、思い返してみれば、賛同して欲しかったという感情なんかじゃなくて「あなたのおかげで自分の人生を生きることが出来た」ことへの感謝を、本当は伝えたかったんだ。否定されたという表面的なことを思い出すんじゃなくて、もっと伝えていかなきゃならないのはありがとうだ。

今度、親に向けて手紙を書こうと思う。

尊敬する母親、そして最近キャンプ熱が再燃している父親に向けて。あの時はごめん。今はこんなにも幸せだよと、改めて伝えたい。食事を通して、たくさんの人をこれからも幸せにしていくことを心に誓って、世界平和に貢献していきたい。

@IsmTnk 

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