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パパ+バンド、という足し算型のプロジェクト

いまこうして、見よう見まねながら、音源を配信するところまできたパパバンド活動だが、思えば結成当初は本当にささやかなコンサートから始まった。
なにしろその状況は「保育園でたまたま一緒になったパパ達が、先生の呼びかけでバンドを組んだ」である。妙な空気が漂って当たり前だ。最初の顔合わせは、親子遠足イベントのついでに一度集まって挨拶する、というものだった。
その時の空気は、例えるなら、新卒就職活動のグループワークに近いだろうか。ぎこちない会話。「ボーカルできるって聞いたんですけど」「いや、そんなことは・・・」「ベースできるんですか?」「できません」

一体なんなんだ、その会話は。


とりあえず初回練習の日程だけきめて、「なんか、すみませんが、よろしくおねがいします」と、おずおずと帰宅の途についたあの日から、もう6年半ぐらいだろうか。初回練習も面白かった。練習用の骨組みだけのギターとBOSEのスピーカーをつなげて自信満々な松ライダー氏。と思いきや演奏技術が高いのに本番前日までアンプにつながず練習に参加していたKEN。みんなで集まってやってるのに、ひとり個人練習かいとツッコミを入れたいけど、入れられない、変な距離感。

セットリストはわりととっちらかっていたし、コンサートの当日もガチガチに打ち震え、いまから考えると、なに0~3才児の前で緊張しているんだという話なのだが、当時は当時なりの必死さがあったのだ。

しかし人間、一回経験したことは次には「当たり前」になるから恐ろしい。ダンスを取り入れてみようかとか、演劇仕立てにしようとか、徐々に舞台のクオリティが上がっていくのである。
やっているうちに、「これはどこまで行けるのか」という興味に移り変わっていく。舞台がこなれてくると、HPが作りたくなって、作って公開するだけじゃ飽き足らないのでSEOしてみる。
一位を取ったら次はWebでもうちょっとなんかやりたいねと言っては、映像を撮って、youtubeにUPしてみる。それを見た方からライブハウスへの出演に誘っていただき、イベントに出演する。

四年目あたりには、小学校の体育館を借りた一大イベントをやってのけたのだった。
テレビ局に取材の打診をしたら、JASRAC的な手続きがどうのこうのという返事があったとのことを聞いて、じゃあオリジナル作ったろうかいと作曲に手を染めて、だんだん曲数が増えてきたところで、今度はレコーディングして、アルバムが作りたくなる。

毎度毎度、少々無理がある企画を立てては意外とそれが実現に至るもので、「なんなんだ、どこまでやるんだ」と言い合いながら、やり続けている。

ひとつひとつの活動自体はゆっくりしていて、だからこそ長続きしているともいうし、亀の歩みといえばそういえなくもない。でも、そもそも特定の獲得目標があってやっていることではなくて、常に考えているのは目の前にいる人に喜んでほしいと、そういう動機だけなのだ。
ちょっとだけ欲を出して、いつもと違うエッセンスを加える。その過程で、スキルが生まれてくる。やったことはなくても、順番通りに一個ずつ積み上げていくと、到達できる地点がある。素人系だが、素人芸にしては、なかなか、と、自分たちのなかでは思っている。ほんとうのところ、どうなのかは、今回のリリースしたプロダクトを手に取っていただいた方々のご判断に委ねられる。そこには厳粛なる緊張感はもちろんあるものの、開き直りもなくはない。
比較するのも恐れ多いけれど、例えば「すいません、ほぼ日の経営。」を読むと我が意を言えたりの思いもあったりする。

ビジネスでやるプロジェクトは、納期もゴールもあって、そこからタスクやアクティビティを逆算する「引き算型のプロジェクト」がどうしても多いが、プライベートにやる活動だからこそ「足し算型」で、一個一個のステップに確信と根拠を持ちながらやりたい。
そして、心のどこかで、「引き算型より足し算型のほうが、遠くへいける」ことを証明したい思いがある。

足し算が発生するのは、たいてい、打ち上げでお酒を楽しんでいるときだ。

考えてみたら、もうずいぶんたくさんの野望が実現してきた。

・演目を劇仕立てにする
・ダンスを取り入れる
・アナ雪のピアノソロを完璧に披露する
・恋ダンスで子供たちに熱狂してもらう
・youtubeに動画をUPする
・早朝の那須でPV撮影する
・出版企画を考えて、売り込む
・ライブハウス出演
・小学校の体育館貸し切りフェス
・オリジナル楽曲の制作
・同 リリース

こうしてアルバムリリースしたから、こんなふうに書き綴るきっかけになったのだけれど、そうでもしないとみんなの記憶の底に沈んでいくばかりで、形にならなかっただろう。まあ、それはそれで構わないのだけれど、やっぱりどこか、節目で振り返ると、ぐっとくるものがある。

まだ実現していないが、個人的に「今後、こんなことができたらなぁ」と思っているのは、例えば・・・
・2ndアルバム制作&発表
・地域社会の場でのコンサート出演
・保育園の先生方への感謝の集い的ななにか
・東京ドーム公演
・クラウドファンディング
・日本全国、津々浦々への保育園ツアー
・母体プロジェクト「フルーツバスケット」の広域化

正直なところ、かれこれ半年近いプロジェクトがようやく一区切りしたところなので、いますぐどうこうということは一切ないし、極論、ちっとも動きださなくたって、全然構わない。もともと、最初の「いちご楽団」コンサートの単発で終わる予定のものだったのだ。
でもなんだかんだとやっているうちに、ひとつの縁が次の縁と重なって、企画が動き出す瞬間がくる。「ええ、ほんとにやるのぉ」と困惑したような、でもちょっとうれしそうなおじさんたちが、どないやねんこないやねんといいながら、ものづくりをするというのは、疲れるんだけど、なんか、やめられない。
やめられない、止まらない、といいながら、いったいどこまでたどり着けるんだろう。
多分、自分のなかにある動機は、そこへの興味以上でも以下でもないのかもしれない。

世の中のビジネスが、もっと足し算型だったらいいのにな、と思う。

プロジェクトにデスマーチはつきものだけど、引き算型のデスマーチは本当に、かかわる人々を傷つける。足し算型のプロジェクトにも、デスマーチはまぁ、なくはないけど、どこかしら文化祭的な高揚感がある。
個人的にちょっと体調を崩しながらもこうしてなんだかんだとやっている、やれているのは、ひとえに足し算型ということに尽きる。楽しんでやれる範囲以上の無理はする義理も必要もない。そのほうがかえって取れ高が良い。

ほんとうのところ、ちょっと一息つきたいし、つくべきなんだけれど。

でもなんか始まったら、始まっちゃったら、「なんやねんなんやねん」「どないやねんどないやねん」と、まんざらでもなさそうな顔しておじさんたちは集まってしまうのだろう。

困った話である。

(ようへい)

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