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言うなかれ 君よ 別れを

久世光彦さんがお亡くなりになったのは2006年だったろうか。前日に、ある俳優夫妻とお食事をされ、とてもご機嫌でお帰りになった、その翌朝の急死だったと記憶している。

1961年生まれの僕は、「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」「悪魔のようなあいつ」「ムー一族」「刑事ヨロシク」…僕らの世代は、小、中、高校と、ずっと久世さんの演出されたドラマを楽しみに育ってきた。
でも、個人的に言えば、平成に入ってから(ということは、こちらも相応に歳をとってからの)、新春あるいは終戦スペシャルというかたちで放送されていた、向田邦子さん原作(原案)の単発もの…その一連の作品に一層の思い入れがあった。

一連のドラマは、前の大戦の時代を背景に描かれている。単発ものだが、いつも父親を早くに亡くしている三人姉妹とお母さんの家庭を軸に描かれているもの。お母さんが加藤治子さんなら、長女は田中裕子さん。お母さんが岸恵子さんなら、長女は清水美砂さん。いつも、三女は田畑智子さんで、この一家に何かの波風をたてる役も、いつも小林薫さん。脇を固める四ツ谷シモンさん、藤田敏八さんを含め、10本以上ある作品のキャスティングは、ほとんど変わらない。ナレーターはいつも黒柳徹子さんで、ドラマのエンディングテーマも小林亜星さんのいつもの曲。でも、この楽曲が流れてくると、なんだか、あたたかいような、切ないような、何とも言えない感慨にふけることができた。…そういうドラマたち。

なかでも、今もCSで時々放送される「言うなかれ、君よ、別れよ」という作品は、何度観ても泣けてしまう。(うちの奥さんなどはオンオン泣いて、次の日は、細い目がより細くなってしまう…といった具合)。
すでに戦死している父親の部下だったという人(小林薫さん)が、一家を訪ねてくるのですが、この人が、頭部に大きな戦傷を負われていて、少し心もとない。母親は、疑いなくこの人を歓迎しますが、女性ばかりの家庭であることもあって、長女は思い切り、この人に警戒心を持っている(長女は清水さん)。でも、彼は、尊敬する上官のご家族をお護りするのは自分の任務だと言って、事あるごとに一家を訪ね、空襲の際にも、必死に、この家を、この家の家族を護もる。結局、ある誤解から、長女の警戒心(嫌悪感)は最高潮に達するのだが、長女が、あした戦地に向う恋人と一夜限りの夫婦になる、その夜の家族だけの結婚式のとき、その誤解は一気に融解していく。確かに父の部下だったその人は、姉妹が思い出したくても思い出せなかった、そして母親でさえ、うる覚えだった、生前の父親の大切な思い出、愛吟の詩を、すべて暗記していたから。

その詩が、この作品の題名になている「言うなかれ 君よ、別れよ」で始まる大木惇夫さんの詩「戦友別盃の歌-南支那海の船上にて」。古関裕而さんの作曲で、いわゆる戦時歌謡の一曲となって、当時の青年たちによく歌われていた歌だそう。こうした作品は、戦争に協力的だった作家の戦意高揚のための作品だったとして、戦後はずっとタブー視され、テレビで取り上げられることは、まず皆無といっていいもの。特に、この詩の作者=大木惇夫さんは、戦争賛美者として、専門家やジャーナリストからは無視され続けた詩人(1977年に亡くなられました)だった。

戦友別盃の歌-南支那海の船上にて

言うなかれ、君よ、わかれを/世の常を、また生き死にを/海ばらのはるけき果てに
今やはた何をか言はむ/熱き血を奉ぐる者の大いなる胸を叩けよ
満月を盃にくだきて 暫し、ただ、酔ひて勢へよ/わが征くはバタビアの街
君はよくバンドンを、この夕べ相離るとも かがやかし南十字をいつの夜か、また共に見む
言ふなかれ、君よ、わかれを/見よ、空と水うつるところ 
黙々と雲は行き雲は行けるを藍いろに暮れて
灯して酒みづき 飲みて溺れて 酔ひ痴れてわれはあるとも
ここはジャワ、バタビヤの街 オランダの酒場と思へば、醒めぎはの何ぞはかなき
ほとほとに恋ほし、はるけし、さびしさを消たむと思ひて更に乾す一杯の酒
その酒もくろきにあらぬ外国の理の酒/更に飲み、飲みて果つとも 
いかにせむ、こころの底ゆ/吾は酔はなくに

これは大切な友人との別れを惜しむ惜別の詩。美しい、哀切のある詩。これを戦意高揚の詩というなら、この詩をそういう形で利用しようとした人たちや、受け手の問題であって、大木さんのせいではない…これも久世さんが教えてくれたこと。
久世さんは、あの時代がその事実をどう評価していたのか、戦後の世論が、その事実をどう評価したのかという視点からではなく、ただ、あの時代に、ひとりの人間が何を感じて、どう生きたのか…それを戦後に生きる僕らがひとりの人間としてどう感じるのか。久世さんは、そんなことを考えながら、ドラマを創っていたように思う。

子どもにはドタバタ喜劇に見えていた「時間ですよ」や「寺内貫太郎一家」だって、今思えば、昭和の家族の、家族を思う真剣さみたいなものを、いっしょうけんめいに伝えようとしていた作品のように思われる。

久世さん、あの世から、この時代を見てどうご覧になっているのか。今日を生きる僕は、少し申し訳なくも思う。

(写真は TBSドラマ「言う泣かれ 君よ別れを」のDVDジャケットから)

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