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水晶玉

薄暗い路地裏に、古びた看板がぶら下がっていた。「未来鑑定所」。男は、その怪しげな店に引き寄せられるように足を踏み入れた。薄暗い店内には、水晶玉のような装置と、痩せこけた男が一人。男はギラギラした目で、「未来を知りたいのかい?」と尋ねた。

男は頷いた。男は、宝くじの当選番号、株価の変動、未来の配偶者の顔…あらゆる未来を知りたがった。店主は水晶玉に手を触れ、男の未来を映し出した。そこには、男が望んだ全ての未来があった。しかし、男の表情はみるみるうちに曇っていった。

「なぜだ?全て思い通りになったはずだろう」店主は不気味に笑った。
「こんなはずじゃ…」男は絶望に打ちひしがれた。未来を知ったことで、人生の楽しみ、努力する喜び、そして、予想外の出来事に驚く感動が全て失われてしまったのだ。男は、ただ虚無感だけを抱え、店を後にした。

一方、別の男は、「黄泉の国体験ツアー」という怪しげなツアーに参加していた。地獄の業火、餓鬼の苦しみ、畜生の悲哀…ありとあらゆる死後の世界の光景を目の当たりにした男は、恐怖で震え上がった。

「もう二度とこんな目に遭いたくない…」男は現世に戻ると、善行を積み、徳を積むことに没頭した。しかし、それはもはや心の底からの善意ではなく、ただ地獄の恐怖から逃れるための手段でしかなかった。男は、生きる喜びを見失い、ただひたすら死の恐怖に怯える日々を送ることになった。

そして、ある天才科学者は、「神の存在証明」に成功した。世界は歓喜に沸き、宗教は統一され、平和が訪れるかに思われた。しかし、それは束の間の平和だった。人々は、神の存在を絶対的なものと信じ込み、科学技術の発展は停滞し、社会は硬直していった。

「神の教えに背く者は地獄に落ちる」人々は互いを監視し、疑心暗鬼に陥り、社会は閉塞感に包まれた。そして、新たな技術革新が生まれず、地球温暖化や資源枯渇といった問題に対処できなくなった人類は、ゆっくりと滅亡への道を歩み始めた。

「未来を知ること、死後の世界を知ること、神の存在を知ること…それは本当に人間を幸せにするのだろうか?」未来鑑定所の店主は呟いた。「知らないからこそ、人は希望を持ち、努力し、予想外の出来事に感動できる。知らないからこそ、人は善行を積み、徳を積むことができる。知らないからこそ、人は科学技術を発展させ、未来を切り開くことができる」

店主は水晶玉を粉々に砕き、静かに店を閉めた。路地裏には、古びた看板だけが残り、静かに揺れていた。

#ショートショート #名も無き小さな幸せに名を付ける #パンダ大好きポッさん