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WBC優勝の要因

1.なぜ野球日本代表は”強い”のか

 まず日本における野球の要は紛れもなく”投手”であることは疑いようもない。
 したがって、表題の結論を述べるのであれば投手陣が世界トップレベルだったから優勝できた、ということになる。
 ではなぜ日本はMLBにも負けない世界随一の投手王国になり得たのか。
 それはアマチュアでの土壌が大きく関係していると考える。
 日本では小学生の頃から見込みのある選手は投手、ショート、セカンドに割り振られる傾向が強い。センスがあり、運動神経が良く、体格がいい要となり得るプレイヤーは”代えがきかない”ポジションを任されるのだ。
 その背景には少年野球において、外野に飛んでしまえばほぼ長打になり、頭を越えればランニングホームランになってしまうことがあげられる。
 小学生が高校生やプロ野球選手みたいに中継へスムーズに送球したり劇的なバックホームなどできようもないからだ。
 だから指導者は外野への打球リスクを軽減させるため内野陣にセンスのある選手を配置し、第一には打たれないようにスピードボールを投げられる選手、高い位置からボールを投げられる上背のある選手を投手にする。
 そして次のステップ、シニアリーグやポニーリーグなど中学硬式に進めば高いレベルでのトーナメント大会が待ち受けている。
 ここでもやはり少年野球でセンスがあり体格のいい選手がそのまま投手、あるいは別のポジションから投手転向することになり高いレベルで野球をするプレイヤーが”エース”のポジションにつくのだ。
 そして中学硬式で活躍した投手、光るモノを持つと見出されたプレイヤーは全国区の強豪高校にスカウトされそこでも全国から集まった”エース”達と競争することになる。
 日本のアマチュア球界において最優先されるのは実績と伸びしろがあり、こいつなら甲子園に連れて行ってくれるという”エース”投手の獲得である。
 ではなぜここまでアマチュア球界が投手に傾倒しているかというと、すでに名前が出ている”甲子園”が最大の理由である。
 中学硬式チームは当然強豪高校へ選手を送り出すことを目標に、選手も強豪校への入学を目指しプレーしている。また、少年野球チームも中学硬式強豪チーム、その先には強豪高校への選手輩出も考えている。
 なぜか?
 甲子園に行くような、県大会で結果を出すような強豪校への選手輩出は”宣伝”になるからだ。
 とりわけ高校野球においては、エース一人が甲子園出場へ大きく貢献するケースがある。チームに一人その県で突出したレベルの投手がいればトーナメント大会を勝ち進み甲子園出場というのは”容易くはない”が、”可能性”が大きくなるのだ。
 だから強豪校は一人でも多く能力の突出した”エース”を獲得しようと躍起になる。
 例に挙げれば大阪桐蔭、浦和学院、東海大相模、横浜高校、仙台育英など名だたる甲子園上位進出常連校は他の強豪校でも1番を背負えるような”エース”を毎年2人以上は揃えて夏を戦う。
 例に挙げた高校だけではないが、中学硬式チーム、少年野球チームは
大会を勝ち進むためと同時に、同チームを”宣伝”するため上記のような強豪校への選手輩出を確実にするためセンスのある選手、将来の見込みがある選手には”投手”というポジションを与えるわけだ。
 もちろん、少年野球、中学野球で投手を経験したからずっと投手というわけではない。
 少年野球から中学硬式に上がった時に投手から他ポジションへ、中学野球から高校野球へ進んで投手から他ポジションへ転向させられることも多々ある。
 しかし、そう言った選手も土台は”エース”である。
 ステージごとに熾烈な競争の中で投手を諦め他ポジションへ転向、もしくは指導者に転向を指示されるプレイヤーも多数存在するのだ。
 PL学園に入学した清原が桑田を見て”エース”を諦め野手へ完全転向したように。
 だからといって野球は投手だけではない、他ポジションでも結果を残している選手は強豪校へスカウトされエリート街道を進んでいく。
 さて、高校野球で結果を残した”エース”達は次のステップである大学野球、社会人野球、プロ野球でも”エース”を目指し競争する。
 ただ、このステップまで来た投手は既に他ポジションへの転向はおおよそ考えられないような完成された投手だ。
 少年野球、中学野球、高校野球とハイレベルな環境で投手として実績を残してきた”エース”で、その上澄み選手が次のステージでも結果を残しエースであり、試合で投げる投手であり続けられる。
 高校野球のスカウティングと同様に大学社会人、プロ野球チームにおいても殆どのチームが”投手”を中心として考える傾向が強い。
 特にプロ野球においては大学社会人であればエースとして結果を残した即戦力投手、高校野球選手でも将来性が見込まれた一握りの”エース”を指名しようと戦略を立てる。
 もちろんチームのポジション毎のウィークポイントを考えて編成をするが上位指名候補としてまず必ず名前があがるのは”投手”であることが多い。
 そしてプロ入り後も今までアマチュア球界で結果を残し続けてきた”エース”達との熾烈なサバイバルが待ち受けている。
 そんなアマチュア球界の投手至上主義が今のハイレベルな日本代表投手陣を作り上げていると言っても過言ではない。
 だからこそ世界トップレベルの投手陣をアマチュアからプロまで常に揃え続けられるのだ。

2.海外の投手事情

 日本が投手至上主義なのは前述した通りだが、海外はどうか。
 お隣韓国ではむしろ体格に合わせ野手至上主義が強いように思う。
 その背景には、韓国球界が日本式の野球哲学ではなく、米国式の野球哲学を持ち込んだことがあげられる。
 このnoteでは野球史について取り上げてしまうと脱線がとんでもないことになってしまうので割愛するが、韓国野球史というのは日本と比べても面白いので興味のある人は調べてみてほしい。
 話を元に戻そう。
 韓国のスポーツ選手育成は日本のように部活式ではなく、”エリート育成式”である
 もちろん高校野球チームの全国大会はあるが、日本のように普通の高校に”野球部”があるのではなく、簡単に言ってしまえば”スポーツ特化高校の野球コース”のような形だ。
 したがって韓国のアマチュア球界は”徹底したエリート育成方式”であり、選手達の目標は”プロ入り”一本なのだ。
 そのため、大会を勝ち進む、というよりは大会で活躍し”売り込む”ことに主眼を置いている。
 その中で米国式の”パワーベースボール”を哲学にしている韓国球界は見込みのある選手は野手として打撃を鍛え、控えの選手が投手として育成される傾向が強い、と聞く。
 実情は過去の韓国球界関係者のインタビュー記事などを記憶しているので現在もそうであるかは断言できないが、今大会を見る限り”野手至上主義”はまだ健在であろうと推測できる。
 さらに米国においては、そもそもの価値観が全く異なっている。
 アマチュアにおいて日本や韓国みたいに野球だけをやる、というわけではなくカレッジスポーツでアメフト、バスケ、アイスホッケー、野球など様々なスポーツを経験する文化がある。
 ある時期は野球をやり、別の時期にはアメフトをやり、自分に合うスポーツを選択して”最終的なプレイヤーになることを選ぶ”のだ。
 したがって日本のように野球を続ける中で投手、野手、に振り分けられるわけではなく”総合力の高いプレイヤー”が各スポーツを選択しその競技のプレイヤーとなる。
 日本との大きな違いがここにある。

3.負けたら終わりのトーナメント大会の存在

 日本においてはアマチュア球界各ステップで負けたら終わりの大きなトーナメント大会が存在する。どの大会も歴史があり、野球をしている選手の中にはそこへ出場することだけを目標にしている選手も多い。
 先ほども述べたが、高校野球では甲子園大会。大学野球においては神宮球場(一部東京ドーム)で開催される全日本大学野球選手権大会。社会人においては東京ドームで開催される都市対抗野球大会。
 これらの大会は出場するために各チーム、各選手達が年間を通じて戦い続け、その中でも一握りのチームしか出場できない伝統と格式のある大会である。
 そして、やっとの思いで勝ち進み出場を決めても優勝まで一戦も負けられない試合が続く。
 一つのミス、一つのプレーで全てが決まる、一切気の抜けない試合をこなさなければならない。
 その精神的疲労や重圧は想像を絶するものであると思う。
 そんな試合をプロに進む選手達は十代の頃から何度も経験し、一球に湧き一球に苦しんできた。
 その経験をしたトップレベルの選手達の精神力は今大会を見れば明らかだろう。
 それが分かるのがWBC準決勝対メキシコ戦ではないだろうか。
 やっとの思いで同点に追いついた直後あっさり勝ち越される。並のチームであれば気持ちが切れてしまうのも仕方のない展開だ。
 見ているだけの私自身も正直もう終わった、と思った。
 しかし日本代表は諦めず一球に食らいつきチャンスを逃し、好プレーに阻まれても勝つことだけを信じて試合をしていたように思う。
 その根底には出場している選手みんなが(ヌートバーは別)日本アマチュア球界で”負けたら終わり”の一球に泣き、一球に救われた試合の経験があるように思う。
 もちろん他国にもトーナメント大会は存在する。選手達は本気でプレーし本気で悔しがり本気で喜んでいるのは間違いない。
 だが、日本球界においては他国のように”プロ野球選手になるため”ではなく、”出場し勝つこと”を最大の目標としている上、他国と大きく違うのはメディアに結果が連日取り上げられるその注目度だ。
 その環境でプレーする選手達の重圧は計り知れない。
 精神論はあまり好きではないが、それでも常に注目される環境で負けられない試合を通じて培った精神力は日本人選手の大きな”武器”であると確信している。
 事実、野球日本代表は過去苦境に立たされながらも負けたら終わりの一戦で好勝負を繰り広げ出場国唯一の5大会連続ベスト4、5大会中3度の優勝という異常な戦績を残している。
2006年 優勝
2009年 優勝
2013年 ベスト4
2017年 ベスト4
2023年 優勝
 名だたる強豪国を倒してのこの結果は、もはや日本球界のレベルが世界トップレベルであることを疑いようのないものにしていると言っていい。

4.終わりに

 優勝した勢いで浅はかな知識ながらなぜ日本野球が自国の力だけでここまで結果を残せたのかについて考えてみた。
 もちろん様々なデータで分析し勝因を探るのも面白いが、”日本野球の原点”と”日本野球の強さにある根幹”にフォーカスし考察してみると、データが重視されがちな近代野球において、そのデータを”生み出す力”が見えてきた。
 わざわざ言うことではないと思うが、私が述べた野球考察がすべて正しいというわけではないし、あくまでも推測にすぎない。
 しかし、日本野球がここまで強くなったのは150年受け継がれてきたアマチュア野球の伝統と発展、そしてアマチュア球界にはプロ入りを目標にしている選手だけはなく、目指すべき”場所”に向けひたむきに野球へ取り組んできた名もなき名選手達の存在が高い競技レベルの維持、発展に寄与し今回のWBC14年ぶりの優勝という悲願達成に繋がったのではないかと確信している。
 次は3年後。
 日本野球二度目の連覇を祈り、もうしばらくこの余韻に浸りたいと思う。

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