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伊藤計劃『ハーモニー』私見①

『ハーモニー』についての個人的見解をつらつらつら〜っと述べさせていただきます!!
時間があれば、読んでいただけると幸いっ!


1.はじめに

『ハーモニー』は、二〇〇八年に伊藤計劃によって発表された彼の第二長編作品である。伊藤の作品はSFを主体としながらも、現代日本における人間の生の問題を浮き彫りにさせ、生と死をリアリティを持って描き出す点に特徴がある。

本作『ハーモニー』では、前年に表された彼の第一長編作品『虐殺器官』における「大災禍」の後の世界が描かれている。


「大災禍」から半世紀、戦争と未知のウイルスにより打撃を受けた人類は、新たな機関「生府(ヴィガメント)」による立て直しを図っていた。

WatchMeというデバイスを体に埋め込むことで、人類は病気からの解放と、互いに慈しみ支え合う平和な社会を実現する。

平和と健康が確立された一見ユートピアのような世界の中で、それらに敵意を向ける少女たちを主人公とした物語が本作である。


ここではまず初めに、主人公たちの忌み嫌う「生権力」についてミシェル・フーコーの思想を基に考察する。また、権力を内面化するパノプティコンの機能に触れ、そこからの脱却として主人公たちが選んだ「自殺」という手段について考えを深める。

また、物語終盤、主人公の友人である御冷ミァハが自殺への否定的な見解を述べる場面に着目し、意識を消失させる「ハーモニープログラム」の機能をもとに、ミァハの思想の根本にショーペンハウアーの哲学が見られることを述べたい。




2.『ハーモニー』の世界観

前述したように、『ハーモニー』で描かれるのは現代より遥かに医療技術の発達した高度情報化社会である。

『虐殺器官』によって描かれた「大災禍」の後、人類は戦争による損害と未知のウイルスの蔓延により打撃を受けてしまった。平和で健康な社会を作り直すため、既存の「政府」は地球全体レベルで確立された「生府」へと姿を変え、その体制下ではWatchMeという健康管理プログラムを用いた完全医療体制が実現している。


WatchMeは各個人の人体に挿入され、国民は自分の体調をデバイスを通じて管理したり、身体に異常をきたした場合に薬を自動で投与したりできるようになっている。
病気の根絶された完全な健康体、そして大規模な福祉厚生社会が実現している世界である。



「むかしはね、そういう何千って小さな病気が人体には溢れてたんだ。誰でも病気にかかった。たった半世紀前のことだよ。でも、〈大災禍〉で世界中に核弾頭が落ちて、放射能でみんなが癌になりはじめて、世界は病気そのものの駆逐にのりだしたんだ」

「それは習った。
〈reference:textbook:id=hsj56093-4n7mn-2jp:line=3496〉
〈content〉放射能で癌になる人間がたくさんでてきた。また、中国やアフリカの奥地からは核による突然変異の影響か、未知のウイルスがたくさん流れ出た。それら健康への急迫なる危機を前にして、世界は政府を単位とする資本主義的消費社会から、構成員の健康を第一に気遣う生府を基本単位とした、医療福祉社会へ移行したのだ。〈/content〉
〈/reference〉
って。なぜかここだけ暗記してるの。すごいでしょ」

「でもその前、人間がどんな病気にかかっていたか、ってことは学校じゃ教えてくれない。それを暗記してた霧慧さんでも、風邪というのが何だか知らない。当たり前だよ、実感しようがないからね。社会はよくやったよ。WatchMeとメディケアのおかげで、セカイはほとんどの病気をこの世から消してしまったんだから」(伊藤計劃『ハーモニー』P.30.17)




『ハーモニー』において御冷ミァハは鍵となる人物だ。

伊藤計劃『ハーモニー』
御冷ミァハ


彼女は一見ユートピアとも思える人類社会を憎悪し、健康・幸福が約束された調和の世界に徒なすため、主人公の霧慧トァン、クラスメイトの零下堂キアンを誘い自殺を試みる。

伊藤計劃『ハーモニー』
霧慧トァン
伊藤計劃『ハーモニー』
零下堂キアン




「わたしたちが奴らにとって大事だから、わたしたちの将来の可能性が奴らにとって貴重だから、わたしたち自身が奴らのインフラだから。だから、奴らの財産となってしまったこの体を奪い去ってやるの。」(伊藤計劃『ハーモニー』P.46.16) 




ミァハは社会のために「生きさせられる」ことを嫌悪していた。
一見優しい世界の裏にある、自由の欠如したソフトな監視社会。ミァハはそれを、ユートピアではなくディストピアであるという。


トァンとキアンは自殺に失敗しミァハだけが亡くなってしまうが、その十三年後、キアンの不可解な自殺をきっかけに、トァンはその裏にミァハの影を見る。そして同時刻に世界中で大量の自殺事件が起き、トァンは同時刻一斉自殺事件の捜査を始める。

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