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⭐️心の学び:心理傾向を読む

ぼくは、人間はなんで他人と同じじゃ嫌だと言いながら他人と同じことをし、自分軸でと言いながら他人と同じことをしているのだろうと考えることがよくある。

このことからいえるのは、自分の問題は人間の問題であるということがみえてくる。
人間の問題について考えることが、すなわち自分の問題を解決することでもあるのだ。

日曜日の夕方になると、明日の仕事のことを思うと憂鬱な気分になる人の数はかなりのものだろう。

しかし、このことを特別と思ってはならない。誰しもある心理傾向なのだ。
誰もが同じ曜日に同じようなことを思っているということだ。

こう言われて「そうなら乗り越えてやる!」とならないのも心理傾向なのだ。

自動的に生じる心理は理性によって制御されるが、能動的な意思を使おうとする意思はほとんど使われない。

不思議なことに、理性で制御できるのに何もしないで自動的な心理に身を任せて煩悶を拡大している。

これから始まる大型連休を前にして心躍り、それが終わると憂鬱になる。このことも皆ほとんど同じ心理なのである。

オマエはどうなんだと問われると、ぼくは理性によって制御していると言いたいところだが、休みがあろうとなかろうと何とも思わない。嬉しくも悲しくもないのだ。

これは理性のおかげではなく仕事のおかげである。

一喜一憂することは仕事に悪い影響を与えると感じているので、毎日、ほぼ同じコンディションを維持するのである。これは心理傾向から外れているかもしれない。

ちなみに、ぼくのストレス解消といえるものは勉強だ。不満をいかにして満足にまでもっていけるかについて学ぶのだ。

お勧めしたいが、これまで誰も試してくれた人がいないので何かが間違っているのだろう。やめておく。

とにかく、心理傾向には良いものと悪いものがある。良いものは放置しておいて構わないが、悪い心理傾向は解決しておきたい。

日々、よくある心理傾向に振り回されて煩悶を生み出すくらいなら、心について学び、克服して心地よく暮らしたくないだろうか。

その気になった折には、ぼくの記事に目を向けて欲しい。もしかすると、新たな発見や気づきもあるかもしれない。

これまで、思いつくまま記事を書いてきたけれど、そろそろまとまりのある、まともな文章を書けるようにしていきたいと最近思い始めた。

こんなことも誰にでもある心理傾向かもしれないが良い使い方の方だ。


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