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道化に拍手を。できれば花を。

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就職浪人大里君と山形に住む水島さんのなんともヘンテコな話
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2016年6月の記事一覧

犀川堂のこと-金沢小風景②-

 金沢には2本の川が流れています。浅野川と犀川です。「女川」という愛称の浅野川に対して犀川は「男川」と呼ばれ市民に親しまれています。市街地である片町付近に流れる犀川には犀川大橋という橋が架かっていて、そのすぐ近くに「古書 犀川堂」があります。

 今にもペシャリと潰れそうな外観、店内に入るとどこからともなく漂う黴臭さ。どれも私の知的好奇心を刺激して仕方ありません。大学に入学してすぐにこの店を見つけ

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闇に泳ぐ金魚-金沢小風景⑤-

大学の掲示板に「加賀友禅灯ろう流し」のポスターが貼られてあった。普段は興味がなく見過ごす私が今年は行ってみようと決意したのは掲示板で水島さんと友人の真瀬さんが行こうとしているのを偶然聞いてしまったからである。しかも2人は浴衣を着ていくという。灯ろうが浅野川を流れていく幻想的な光景とそれを見つめる浴衣姿の水島さん…行かない理由を見つけるのが難しいではないか!私は2人に気付かれぬようゆっくり後ずさりし

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動物の図鑑-カリガ版-

〈64ページ「雨蛙」〉

 彼女が「こんにちは」と挨拶したから僕も「こんにちは」と挨拶した。

 彼女はもう夕暮れなのに日傘を差して遊歩道から見える田んぼを眺めていた。田んぼに水が入ると風が冷たくなる。冷たい風に乗って今年も雨蛙が賑やかに歌い始める。彼女はずっとその歌に耳を傾けていた。僕が彼女に話しかけようとしても言葉は雨蛙の歌にかき消され彼女の耳には届かなかった。仕方がないので僕も彼女の隣で田ん

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植物の図鑑-カリガ版-



〈139ページ 「バラ」〉

前略

 お元気ですか?私は帰郷して3ヶ月経ちますがまだ生活に慣れずにいます。あなたのいる街が恋しくて、たまに落ち込むときに思い出しては胸が張り裂けそうになります。

 さて、あなたに貰った「白雪姫」が咲いたので写真を贈ります。最初につけた蕾がすごく愛おしくて、咲いてからは自分だけのものにしたくなって切り花にしました。あなたが「君に似ている」と言ったのはどういう所

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植物の図鑑-カリガ版-

〈452ページ 「ヤグルマギク」〉

水島さん

 お手紙ありがとう。それとサクランボもありがとう。手紙にはサクランボよりも咲いたバラのことしか書いていなくていかにも君らしい手紙だなと読んでいて微笑ましくなりました。サクランボは食べきれなかったので、大家さんに分けました。大家さんからはお礼にと庭の花を貰いました(ちょうど庭の草むしりをしていたのです)。名前の知らない花だったので調べたらヤグルマギク

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月歩堂についての覚書き

月歩堂についての覚書き

大学を卒業して実家の山形に帰郷した私はある日、郵便受けに摩訶不思議な冊子が入っていることに気付きました。冊子には「月歩堂商品カタログ」と書いてあります。誰に宛てたものかわからなかったので、とりあえず祖母に尋ねました。祖母は懐かしそうな顔をして「田所さん、まだ元気にやっているんだねぇ」と呟きました。興味が沸いたので詳しい話を祖母から聞いてみることにしました。以下は祖母の脱線気味の話を私が理解した範囲

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植物の図鑑-カリガ版-

〈867ページ 「ラベンダー」〉

前略

 お元気ですか?山形はだいぶ暑くなってきました。金沢も同じですよね。それでも時折吹く草花を揺らす風が心地よくて立ち止まってはつい見入ってしまいます。特別、何かあるわけでは無いのだけれど、あなたに手紙を書いてみたくなって筆を取っています。手紙はいいですね。時間がゆっくりと過ぎていきます。

 そうそう、庭にラベンダーが咲いていました。私が以前、母の日に贈っ

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植物の図鑑-カリガ版-

〈235ページ 「クロタネソウ」〉

水島さん

 お手紙ありがとう。元気そうでなにより。この間、大家さんへ家賃を持って行ったら庭に細い茎にボールのようなモノがちょこんと乗っかっている奇怪な植物が生えていて大家さんに聞いてみたところ「クロタネソウ」という植物の実なのだそう。君はクロタネソウ、知ってましたか?

 そうそうこの間、生活費を工面しようと愛読書の『イタリア・ルネサンスの文化』を売るため犀

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