赤くないボルシチは、カナダの【ドゥホボール派】の人々の伝統
◆ビーツが入ると赤くなる。でも入っていないボルシチもある。
ちょうど小腹が空いたときに、街で人気のローカルカフェに寄ったのですが。
コーヒーにサンドイッチをオーダーする気でいたら、メニューに『Doukhobor Borscht』がありました。
カナダはまだまだ寒いです。メニューを見たとたん、温かいスープが欲しくなりました。ポテトにトマト、人参。バターやクリームのコクが嬉しい。
こちらにはベーコンが少し入っていて現代風。しかし、Doukhobor(英語発音するとドゥカボァ)の人々は伝統的に菜食主義です。
世界的には単にボルシチと言いますが、カナダでは特に西部で、肉が入っていても、ビーツが入って赤くても、ドゥカボァを付けて言うことが多い。ドゥカボァ=ロシアだった歴史があるからです。
日本語表記ではドゥホボールの人々。
カナダの歴史の教科書には、彼らの非暴力主義がロシアにおいて迫害を受ける結果となり、追放されたことが記載されています。
追放はロシア正教に従わず、徴兵拒否のためですが、時は第一次世界大戦が始まる直前、東欧におけるいがみ合いの渦中のことです。
カナダ政府が移民を歓迎して、彼らのためにマニトバ州とサスカチュワン州の土地を提供し、また渡航のための費用は、ロシアの文豪、レフ・トルストイが中心となって資金援助したそうです。トルストイ自身も博愛主義者です。
それにしても、ロシア国内では寛大に、根絶やしにされなかったのも幸運。国際的にも彼らの存在が明るみに出ていたし、資金援助にも恵まれ、さらにはカナダへ移住後、彼らは、第一次、第二次世界大戦ともに徴兵を免除されたそうです。私にはまるで“神のご加護”があったように思います。非暴力の力ですね。
現代において、伝統的な自称ドゥカボァの人々は高齢化で2000人ほどまで減少しているそうです。共同所有の生活から個人単位で分散していく時代背景がありました。
それでも私は、カナダに同化した彼らの子孫に会ったことがあります。うちのファームに子ヤギを引取りにお見えになったときです。
1匹の子ヤギのために家族が全員。男性は一般的な服装で、言われてみないと分かりませんが、女性は皆さん清楚なロングスカートで分かりました。黒人の男の子を養子に迎えたそうで、その子は人見知りのせいで、養母のお母さんに貼りついていた。上品で穏やかな一家でした。
ミルクは摂取できる菜食主義だと言っていました。もちろん最近は豆乳やナッツミルクもありますが、草だけで産出できるヤギのミルクも広い意味では菜食主義に含まれます(含めない考え方もあると思いますが、インドのマハトマ・ガンジーもそのタイプの菜食主義者でした)。伝統的な人々には舌に合っている(消化しやすい)のではないでしょうか。
◆ここでボルシチを少し離れ、ネットで見つけた日本人とドゥカボァの人々にまつわるエピソードを。
デイビッド・スズキさんは、子ども時代にドゥカボァの女の子にクラッシュ(一目惚れ)しちゃったようですね。
2004年、CBC(カナダ国営放送局)の「存命するもっとも偉大なカナダ人」に選ばれるほど、積極的に生物学者として活動。テレビ出演も多数されています。
2009年には、もう一つのノーベル賞とも称される“ライト・ライブリフッド賞”を受賞。
デイビッド・スズキさんの一目惚れの部分だけを抜粋しましたが、日系人がひどい差別を受けていた当時、新鮮な野菜はドゥカボァの人々のみがもたらしてくれたこと、ワゴンで運んでくれたことを感謝されている前文があります。
彼もドゥカボァのボルシチのファンかもしれない。私はそんなふうに思ったりします。
◆話をボルシチに戻し、最後にドゥカボァの伝統的なボルシチのレシピについて。
このレシピには、ビーツが少し入ります。
でも上にかけるサワークリームはどちらでもよく、むしろハーブのディルウィードを刻んで入れるほうがマストだそうです。
材料はジャガイモ、玉ねぎ、人参、セロリ、キャベツ、ニンニク、トマトにビーツ。
野菜を刻んでバターで丁寧に炒めてから、とろ火でゆっくり煮込む。
ジャガイモは別に茹でてマッシュポテトにしたら、バターと生クリームをたっぷり混ぜた後、最後にスープと合せる。
ふんだんに使われる野菜から甘さが引き出され、バターとクリームのコクもあるので、スープの素はいらないですね。トマトからの酸味が複雑さを醸し出します。個人的にも加熱するトマトには、オリーブオイルよりバターのほうが合うと思っています。
私も畑をやっていますが、ディルウィードは世話いらずで1.5mに成長。ありがたいことに毎年こぼれ種で畑のあちこちに自生しています。
カナダの気候に合ったボルシチは、野菜本来の味とディルウィードの野性の香り。飽きることがなく、毎日食べたいソウルフードと言えます。
温かい人の心が融け込んでいるようでもあります。
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