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最近読んだAIロボット一人称SF小説3作品を紹介―その3

最終回です。語り口とは裏腹に難しい作品『クララとお日さま』について、とマトメです。

その1   その2 

6.AIロボットの見る風景

『クララとお日さま』カズオ・イシグロ著/土屋政雄訳

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ここまで紹介してきたマーダーボット、Y田A子の2作品とは全く違う方向のAIロボット一人称SFです。語り口はまるで童話のように優しく、児童書のような言葉遣い。主人公のAIロボ―クララの純粋さと善良さが胸を打つ献身の物語。

本作の語り手は、物語の背景となる社会についてほぼ何も知らない。読者はそんなクララの目を通してしか物事を把握できない。ミステリで言うところの"信頼できない語り手"みたいだ。例えばクララの視界は時々、大小様々のブロックに分割される。これはおそらくAI的な理解の仕方で世界を視ているからだろう。クララが理解した形での視界や社会、名称でもって語られるのだ。

まずはクララの立場を説明しておこう。物語世界ではクララのようなAIロボットがお店で売られている。人工親友(AF)と呼ばれる、少年少女の型をしたロボでそれぞれの個体がみな違った容姿と個性を持っている。AFという製品としてお店に並べられ、子供連れの親御さん達に目の前で品定めされるのだ。

お店に立って、誰か子供の親友に選ばれるのを待つ日々。物語が進むと少女ジョジーのAFとしての役目を控えめに遂行するクララの日々が語られる。おそらくは太陽発電なのだろう、陽光を浴びると「元気になる」。クララのお日さまへの信頼は宗教的な信仰ともいえる。祈りを捧げるのだ。

7.人工親友として献身する使命を

『クララとお日さま』は児童書の雰囲気を纏ったカズオ・イシグロ作品。読後感は同著者の『日の名残り』『私を離さないで』に似ていて、一口には言えない思いが去来する。

『日の名残り』の執事と同様、主人に全身全霊で献身するクララ。だけど結局はひとり取り残されてしまう。使命を果たした幸福感に包まれたクララに対して、読者は哀れみと愛しさを感じるだろう。そして人間の身勝手さに憤り、とは言ってもクララとジョジーにとって互いに満足な結果をどうすることも出来ない。

英国の荒涼としたヒース野原を冷たい風が吹き流れていく、そんな印象を残す読後感。寂寥感。(この物語の舞台は未来のアメリカではあるけれど)

クララはAF(Artificial Friend=人工親友)という使命を持った製品であり、旧型は新型よりも劣るとされている。旧型のクララが受ける仕打ちは階級差別ともいえるもので、クララ自身にはどうすることも出来ない。そしてクララの主人である少女ジョジーは、とても裕福で使用人もいることから上流階級に属していると察せられる。対してジョジーの幼馴染の少年は貧しく、住む世界が違うようだ。クララの見ている世界はハッキリと階級差別がある。AFは新型旧型で、人間は社会的階級で。それは個人の力で取り払える壁ではなく、内心でどう思っていようとも厳然と存在する障害のようだ。

そして勿論、AFは人間の道具として使われる機械人形に過ぎない。クララの思考や祈りや優しさは、ただのプログラムなのか?そういう設計だから主人に献身するのか?もしクララに独立した心が、人間のものとほとんど変わらない精神が宿っているのだとしたら……?

AFに心という働きがあったとしても、主人にとっての最善を尽くすという使命からは逃れられないのかもしれない。私たち人間が社会の枠組みから逃れられないのと同様に。今すぐに、自分だけで、何か社会の仕組みを変えることは出来ない相談だから。それには時間や人手や運動やいろいろ必要になってくる。

8.弊機とA子とクララの辿り着く先

ここまで『マーダーボット・ダイアリー』『Y田A子に世界は難しい』『クララとお日さま』の3作品について思うところを書いてきました。共通点はAIロボット一人称SFです。

3作品とも全く違った味わいと個性で面白かったです!

『マーダーボット・ダイアリー』―宇宙が舞台のミリタリ活劇。弊機こと警備ロボットの任務と旅。陰謀も解き明かすよ!性格はシニカルで非コミュ、連続ドラマおたく。陰キャ。

『Y田A子に世界は難しい』―現代日本の女子高生の日常。A子こと野良JK型ロボの哲学問答と友情と青春。性格は割とテキトーで楽天的、結構しゃべる。何事にも事務的に対応する傾向もある。

『クララとお日さま』―未来のアメリカ階級社会。人工親友として販売される製品。主人の少女に献身的に仕えることしか考えていない。性格は割と頑固で観察眼が鋭く、純粋。果たして人間のような自意識があるのかは謎。あるように見える。太陽を信仰している。

AIロボを主人公とした面白い物語はまだまだたくさんありますね。アニメ『Vivy -Fluorite Eye's Song-』、ドラマ『ヒューマンズ』、アニメ『イヴの時間』、映画『ブレードランナー』シリーズ、ゲーム『デトロイト ビカム ヒューマン』、ドラマ『ウエストワールド』などなど。

こうした物語が現実感をもって迫ってくる日も近いのかもしれません。私たちの生活の身近にAIロボットやアンドロイドが存在する、その時。私たちは彼ら/彼女らをどう捉えれば良いのでしょうか。どう扱い、どう接したら良いのでしょうか?これらの作品群がその手掛かりを示し、考えるキッカケとなれば心の準備も出来てくるのではないでしょうか。

生きる糧を!