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セゾン文化財団×PARADISE AIR

「創造活動への支援」「長期的視点に立った継続的な支援」「資金提供のみでない複合的な支援」という方針の下、先例

のない助成プログラムや環境整備・人材育成プログラムを次々に生み出してきたセゾン文化財団。そのプログラム・オフィサーである岡本さんとともに、アーティストの制作活動をどのように支援し、成果を評価し、プログラムを更新していくのかについて考えます。

プログラムの変遷

森:千葉県松戸市で2013年からPARADISE AIRというアーティスト・イン・レジデンスを運営しています。松戸駅から徒歩30秒ほどの場所にある元々ホテルだったビルで、オーナーは1階で「楽園」というパチンコ屋を運営する株式会社浜友商事です。

 受け入れプログラムはLONGSTAYとSHORTSTAYの2つあり、LONGSTAYは年1回公募して渡航費・滞在費・制作費・日当を提供するプログラムです。現在は500〜600組ほどの応募者から数組を選ばれたアーティストが数ヶ月街に滞在します。一方のSHORTSTAYは無償で場を提供する代わりに一芸と交換してもらう「一宿一芸」をコンセプトにしているプログラムで、こちらは多様性を重視して審査を行います。例えば、応募数が多いベルリンやニューヨークなどではなくて、アフリカから応募してくれたら面白そうだからやってみようとか、コンテンポラリーアートではなくてサーカスやジュエリーデザイナーなどの専門性をもった人が応募してくれたら、街にとってどんなことが起きるのか試してみようといった感じです。

PARADISE AIR LONGSTAY Program 2020-21 OPENCALL

 滞在しているアーティストと街をどうつなげていくべきかということから、2015年頃からLEARNと呼んでいるプログラムをスタートしました。例えば、食事のワークショップや、トークや、子どもとのワークショップなどを行っています。LEARNと呼んでいる理由は、アーティストも街の人も対等に学び合える環境をつくりたいのが1つ。それから、美術館などであればラーニングや教育普及プログラムが当然ありますが、レジデンスでそれをやっているところはあまりなく、僕らがプログラムをつくることで、今後の他の文化事業全般に派生してくれたらいいなと思っているのがもう1つ。

 今までは松戸にアーティストを呼ぶだけだったのですが、最近、逆に世界にアーティストを派遣するCrossというプログラムをはじめてみました。これを実施するなかで気づいたのは、世界から松戸に招くときは単一の仕組みでよかったのですが、派遣するにはむこうの担当者にもよるし国の体制や社会状況にもよってとても大変という(きづいたらあたりまえの)ことです。最近このプログラムをKNOTと呼んでいるのですが、それは、対応するレジデンスごとに新しい結び目を作ったり結び方を変えたりなどケースバイケースでやるしかないということがわかってきたためです。

 それから、LOOK BACKというプログラムもはじめました。LONGSTAYの応募が600ほどあると言いましたが、それ以上多くなると審査のキャパシティ的に限界です。でも、助成金など予算をもらっている活動でもあるので、何かしら成長しているということを報告しなければいけないというプレッシャーがありました。けれど、毎度新らしいのアーティストを呼ぶことも価値ではあると思いますが、1回来た人がまた来るというのもまた違った良さがあります、応募してくれた人の累積数は増えていくので、実はそこにこそ価値があるのではないかと思って、LOOKBACKと呼んでいます。

(LONGSTAY応募者数、滞在者数のグラフ)


岡本:セゾン文化財団の基本的方針は3つあります。まず「創造活動への支援」。個々の公演ではなく創造プロセスを総合的にサポートすること。次に「長期的視点に立った継続的な支援」。複数年にわたる助成を原則とすること。それから「資金提供のみでない複合的な支援」として、作品創造や学び合いのための場を提供することです。

 当財団は1987年に設立されたのですが、1992年に重要なことが起きています。まず、現代舞踊やコンテンポラリーダンスの申請が増え、正式な対象分野になりました。また、芸術団体への運営助成や年間助成プログラムを試験的に開始して、これが長期的な助成のスタートになりました。公演や企画単位の助成から発想を変えて、団体の経常費や将来に向けての投資的な経費も幅広く助成対象としつつ、一定期間に渡って運営そのものをサポートしようというものです。これは現在のセゾン・フェローにも引き継がれています。また、助成事業の記録のため、アニュアルレポートを発行していますが、これは私たちが何を課題と捉えどう取り組んでいるのか、その成果をどう考えるかを率直に記述し、批判にもオープンであるためのツールにもなっていると思います。

セゾン文化財団ウェブサイト アニュアルレポート
https://www.saison.or.jp/library#p03

 1993年には創造環境整備プログラムを開始しました。インフラ整備も当財団の仕事と考えたためです。
 1994年には森下スタジオが開館しました。資金のみではない複合的な支援の一つとして、創造プロセスを支援するための施設です。稽古場不足を補うだけではなく、ワークショップやセミナーなどを通して、「Creative:創造・実験を積み重ねていく」、「Collaboration:国境やジャンルの壁を越えた共同作業を行う」、「Communication:人々が交流し演劇・舞踊の知識や経験を共有し合う場」として構想されました。
 この年にアーツマネジメント留学・研修プログラムも開始しました。アーツマネジメントは当時の日本ではまだ新しい領域で、理論や教育メソッドの構築が試みられている段階だったので、留学を経てリーダーシップを発揮してもらうことがねらいでした。アジアン・カルチュラル・カウンシルとの共催で、3ヶ国の振付家や制作者が各地に滞在して共同作業を行うという、まさにAIRをこの年にやっており、それ以降、海外の組織との共同で海外での活動機会を提供し続けています。
 現理事長の片山が、芸術への助成プログラム評価の研究のためにアメリカに留学し、帰国後に年間助成プログラムの評価をはじめました。プログラムオフィサーによるサイトビジット、若手批評家や研究者などの外部評価委員によるサイトビジット、助成先との共同による活動レビューのワークシート、助成終了3年後の外部インタビュアーによる訪問調査という4つの方法があります。最初の3つは現在も継続しており、プログラムは毎年見直しを行っています。

 1996年には支援事業の骨格が固まりました。国内公演助成を休止して芸術団体への運営助成を強化し、年間助成プログラムを拡充しました。それから、ニュースレター「viewpoint」も発刊しました。助成財団は人や情報の結節点なので芸術団体や関係機関への情報提供も役割だと考えたためです。事業から得られた経験・ノウハウ・研究成果を共有し、議論を展開する場、当財団の問題意識をリアルタイムで伝える媒体でもあります。また、制作実践セミナーも開始しました。これまでに劇場法についての勉強会、アーティストのための英会話、会計セミナーなどを行っています。

viewpointのページ
https://www.saison.or.jp/library#p01

 2004年には、公演を見るためのチケット代を支援する「若手奨励助成」を始めたのですが、助成金を使い切れない人が出はじめて2008年度で終了しています。

2005年には個人研修を「サバティカル」と改称し、多忙なアーティストに休暇を自発的にとっていただき、海外の文化芸術に触れながら今後の活動を継続するための英気を養ってもらおうという考えを強く打ち出しました。

 2008年には、主宰/所属団体以外の活動も行うアーティストが増えてきたことが背景となり、芸術団体への中長期助成を、アーティスト個人を支援する「セゾン・フェロー」に改編しました。アーティスト自身が助成金の配分を自由に決められるようにして、個人の活動にも充当できるようにしました。お金の管理を制作者任せにしないで、助成金の意味などに意識的になってほしいという意図もありました。セゾン・フェローは、ジュニア(現在のセゾン・フェローⅠ)とシニア(セゾン・フェローⅡ)に分かれており、前者は35歳以下対象だったのですが、2020年からは40歳以下に変更しました。支援、上演機会、情報が集中する東京近郊、関西のアーティストに比べて他地域のアーティストは活動基盤や実績をつくるのに時間がかかること、ダンサーとしての活動を経て振付家として活動を開始する時期は30代中盤以降が多いこと、海外で活動していた方が帰国して活動をはじめるときの基盤作りに時間がかかることなどが理由です。

 2010年に森下スタジオの新館ができて、ゲストルームやラウンジを備えるようになり、2011年にゲストルームを活用した「ヴィジティング・フェロー」を開始しました。海外のアーツ・アドミニストレーター、アーティストを招聘し、森下スタジオに滞在してもらい、日本の先端的な舞台芸術に触れ理解を深めるとともに、日本のアーティストや関係者とのネットワークを構築してもらうことが目的です。2016年には、その成果を踏まえて、海外の芸術団体との双方向の国際交流の活性化を目的とする「セゾン・アーティスト・イン・レジデンス」を開始しました。

 また2016年には、創造環境整備を「創造環境イノベーション」と改称して、課題解決型プログラムという位置付けを明確にしています。財団が設定したテーマにそって、仮説を立てて施策を提示してもらいます。評価方法も計画に含めてもらうことで、その施策を検証できるようにし、施策が機能したときに他にも普及させることを目標としています。他にも、舞台芸術にインパクトをもたらすことが期待できる団体や事業の立ち上げも支援しています。

 このようなプログラムの変遷については財団のウェブサイトで年表でも詳しくご紹介しています。

財団のあゆみへのリンク 

五藤:前例がない助成プログラムを次々に立ち上げ、柔軟に更新しているのですね。

岡本:新しい支援方法を世に問うことが民間財団の役割だという認識によるものです。自分たちは新しいアイディアをもって実験を行い、効果的だと証明されたら政策に取り入れてくれればよい。その時点で我々はそこから撤退し新しい実験に向かうというスタンスですね。

AIRの機能・運営方法

:セゾン文化財団がアーティスト・イン・レジデンスを開始したきっかけは何だったのですか。

岡本:1994年の3ヶ国の振付家や制作者によるAIR以降、同様の事業を継続してきており、より充実した環境を整備したいと考えていたところに、2010年にゲストルームができてレジデンスを開始できました。ゲストルームはシングル2部屋とツイン1部屋なので、大人数の劇団やダンスカンパニーに使ってもらうことができないのです。なので、海外のアーツアドミニストレーターや個人のアーティストが来るときに、使ってもらうのが有効なのではないかと。それから、美術対象のレジデンスは多くありますが、舞台対象はあまりないですよね。

:そうですね、PARADISE AIRにも舞台芸術の方から応募が来ます。音楽家対象も少ないですよね。ニーズを感じます。

岡本:なるほど。私たちは基本的に音楽は対象としていません。森下スタジオは周囲が住宅地のため大きな音を出せない。

:うちは元ホテルということもあり部屋の防音性が高いので音楽家も滞在しています。それから1部屋であれば何人でも滞在できるルールにしていました。

石幡:森下スタジオや、ゲストルーム、ラウンジという「場所」があるからこそできたことはなんですか。

岡本:セゾン・フェローには稽古場がありがたがられます。稽古場専用に作ってある施設なので、公民館などで稽古などをするよりもはるかに使いやすいのです。森下スタジオは、助成対象者やレジデンスの対象者が優先的に使えるのですが、空き期間は過去の助成対象者が使えるので、それを心待ちにしている人もたくさんいます。

 ヴィジティング・フェローとして来日し、ゲストルームに滞在したアーツアドミニストレーターやアーティストが、その後プロジェクトをスタートさせて国際交流支援プログラムでの助成につながったケースもいくつもありました。ラウンジは利用者の交流を期待していたのですが、そこにある本棚にある書籍を通じて新たにプロジェクトが立ち上がったりしました。例えば、イキウメの前川知大さんの戯曲を読んだ韓国人のプロデューサーが韓国公演を行ったり、Qの市原佐都子さんが川村美紀子さんの作品を読んで出演をオファーしたりなど。

:森下スタジオは無料で利用できるのですか。

岡本:助成事業では維持費として実費をいただいています。大スタジオは1日8,000円、中スタジオと小スタジオは1日2,500円です。

:僕らは、作品発表やイベントなど何かしらしてくれたら無料で滞在していいよという仕組みで運営しています。16部屋のうち全部屋レジデンスにしたほうが滞在人数は多くなるのですが、それでは事業としての長期的な持続性がなくなるので、3部屋だけをレジデンスにして他は地元のクリエーターに貸しています。そこで一定の家賃収入を得ることで、最低限の自主財源を持てるようにしています。

岡本:当財団のレジデンスは滞在者も担当スタッフも少ないのですが、滞在期間はフルタイムのスタッフが非常に手厚くサポートしています。PARADISE AIRでは滞在アーティストのサポートは分担してやっているのですか。

:滞在アーティストに対するサポートは、専属スタッフがいるのではなくて、メンバー全員が見ているメッセンジャーグループをつくっています。そうすることによって現地にいなくてもサポートできる。アーティストから投げかけがあれば、手が空いた瞬間にさっと答える。1人で答えるのは難しいことも多いですが、みんなでリアクションするようにすると気楽にできると考えています。

対象者の選考方法、プログラムの評価方法

:LONGSTAYは約600件応募があり、1次審査でスタッフが1ヶ月強かけて、約30件選びます。2次審査では、アートの専門家をお招きして、アートの視点から約10件まで選んでもらいます。そうすると、この時点で基本的に誰を選んでも面白い状態になっているんです。最後に、自治会の方、松戸市の方、ビルのオーナーなどもお招きして、街の人も会場いる開かれた場でみんなで誰を呼んだらいいか会議をして選びます。応募者の600人は、PARADISE AIRのこと、松戸のこと、日本のことを調べたうえで、なおかつ、本人の専門性やこんなことができるという強みをセットにしてアイデアを出してくれているはずなので、600通りの松戸の新しい可能性を提案してくれているともいえる。そこから100分の1に厳選されたアイデアについて街の人と一緒に議論するのは創造的です。採択するのは毎年数件ですが、それ以外にも街にこういう可能性があるという議論をするよい機会だと思っています。セゾン文化財団では、どのように助成先を選んでいるのですか。

岡本:募集要項に選考基準が5つ書いてあります。基本的にはそれに沿ってですが、プログラムによって若干重点項目が変わります。事業助成であれば実現性が重視されるし、セゾン・フェローだと独創性や影響力や将来性が重視される。当財団は外部の専門家によるアドバイザリーミーティングを行い、その影響力がもちろん強いのですが、事務局が最終的な候補を選定して理事会に諮ります。

 研究助成と創造環境イノベーションは約10〜20件申請があり、事務局で書類選考をして通過した数人の申請者に、アドバイザリーミーティングでプレゼンをしてもらいます。セゾン・フェローは、Ⅰは約80件、Ⅱは少ないですが、全ての申請書をアドバイザーに送り、候補者を事前に数名選んでもらって、選ばれた人を中心にアドバイザリーミーティングで議論してもらいます。セゾン・フェローのほうは事前に事務局が面談しているので、本人のプレゼンはありません。審査はもちろん選考基準を念頭に置いてもらうのですが、点数式ではないので議論で選考していきます。

:プログラムをどう評価し、見直しているのですか。片山さんが留学から戻られてできた4つの評価方法がプログラムづくりとシームレスにつながっているのですか。それとは別に外部評価委員が考えているのですか。

岡本:外部の方にお願いしているのはセゾン・フェローのサイトビジットだけです。具体的には公演を見に行っていただくのですが、作品内容に触れつつも公演批評ではなくて、あくまでも助成を受けることによってその人の活動や作品にどんな変化・影響があったかを評価していただきます。その他の助成プログラムは助成対象者からの事業報告書と事務局スタッフによるサイトビジット等で評価しています。各プログラムの見直しは、前年度を振り返って、翌年度の募集要項作成に向けて行います。前年度の事業報告書を4月末までに出してもらうのですが、まずはそれをレビューし、各プログラムを見直します。

:報告書レビューやプログラムの見直しは事務局でやっているのですか。理事会に諮ったりするのですか。

岡本:プログラムの見直しは事務局で決めています。プログラムオフィサーは5人いてそれぞれ担当プログラムを持っています。担当者はそれぞれの助成対象者から事業報告書を受け取り、一旦整理します。その後、報告書レビューの時間を設けて、各担当者がコメントを加えながら報告し、共有するという流れです。プログラムの更新はマイナーチェンジの積み重ねですね。セゾン・フェローの年齢制限変更などはその中では大きめな変更ですが、ちょっとした変更は毎年あります。

:こういう言い方はしないと思うのですが、失敗だったねというのもあるのでしょうか。

岡本:セゾン・フェローには助成期間中に代表作が生まれることを期待していますが、助成終了から何年も経過した後に、若いアーティストに影響を与えている人もいます。創造環境イノベーションや国際プロジェクト支援は同一事業に対して3年を上限として助成することが可能ですが、予定通りに進捗しなかったり少し行き詰まったりすることはありますね。

石幡:PARADISE AIRは助成事業ではないので、いわゆる活動報告書というかたちでのアーティストからのフィードバックはありませんが、どういうデータをアーティストから集めておくと、後々、プログラムの評価や改善につながるのでしょう。セゾン文化財団のプログラムオフィサーは日々どういうふうに助成対象者とコミュニケーションをとっているのですか。

岡本:助成決定後、全助成対象者と面談を行います。、セゾン・フェローや創造環境イノベーションでは、活動のビジョンやそれに基づく達成目標を2〜4年間でどう具体化していくかというブレイクダウン式のワークシートや、具体的なスケジュール表を提出してもらいます。それらが後の評価の参考資料になります。また助成対象事業は国内であれば可能な限り実施事業を見に行きます。10月には事業経過報告書を提出してもらいます。セゾン・フェローには終了年度の事業報告書に、プログラムに対する提案や要望も記載していただいています。

石幡:面談や提出物などを通じたコミュニケーションの機会が、要所要所に組み込まれているんですね。それを通じて、助成先のビジョンや目標を確認したり、計画通りに進捗しているか、何か変化があるのかなどを確認しながら伴走していくイメージですね。

岡本:そうです。セゾン・フェローの場合は、外部評価委員による公演レポートが年2回。加えて、年間の活動を総括するレポートも出していただいて、さらに助成が終了する人にはフェロー期間全体の総括レポートも出していただきます。それから、フェローに限らず、うちの全プログラムの事業報告書には「成果の中で不満なことはありますか?それはどういう原因だと思いますか?」という項目があり、これが多くの方の参考になると聞いています。

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長期的に続けて見える波及効果

:先ほど、セゾン文化財団で実験して政策提言をしているというようなことをおっしゃっていたと思うのですが。

岡本:いえ、フォーマルな政策提言ではなく、例えば、森下スタジオを通じてお金を出す以外の支援方法を示すことが、ある種の政策提言として受け取ってもらえればいいなという意味です。いま、アーツカウンシル東京や横浜市などがセゾン・フェローに近いような支援プログラムを持っていることを考えると、ある種の政策提言として波及していると言ってもよいかなという自負はあります。しかし、似通ったプログラムが複数出てくると、差別化を図らねばならなくなりますね。

石幡:90年代前半から取り組んできた「長期的な支援」や「資金だけではない複合的な支援」といった発想は、今でこそ普及している発想だと思うのですが、逆にいうと、そういう発想が普及するのに20〜30年もかかるわけですね。その間、周りの理解をどのように開拓しながらやってきたのですか。

岡本:むしろ似たようなプログラムがないだけに、アーティストからとても使いやすいと喜んでもらえたし、関係者の方からもいいプログラムだねと言われたので、孤高の道を進む感じではなかったですよ。

五藤:民間財団の役割とおっしゃっていましたね。

岡本:公的機関に比べると公平性といった制約から比較的自由なのは大きいですね。だからこそリードするようなことをしなければいけないという現理事長の強い意志が当初から強くありました。

:なるほど。僕らがLEARNとかLOOK BACKと言っているのも同じで、こういうやり方もあるんじゃない?こういう価値もあるんじゃない?と暗にメッセージを送っているんです。それから、これが成果かなと思うのは、アーティストがいることによって街の可能性が広がること。それを僕はSTRETCHと呼んでいます。アーティストと関わると毎回無茶振りをされて苦労するのですが、毎回新しい筋肉を使って伸ばすイメージでやっていくうちに、いつの間にか体が柔らかくなって最初は触れなかったところに触れるようになっていく。コーディネーターもそうですし、アーティストもPARADISE AIRに滞在することによって街との絡み方が柔らかくなったらいいなと。それから、アーティストが柔軟にいろんなところを使ってくれると街自体も柔らかくなっていくと思います。

岡本:プログラムや価値をあえてふわっとした言葉にしておくのは大事なことだと思います。一方で、それを人に伝えるハードルは上がるだろうなと思います。例えば、文化庁などに説明しなければならない場面ではどう工夫しているのですか。

:プログラム名はふんわりしているのですが、やっていることはむしろ細かに説明しています。例えば、LONGSTAYの審査方法など普通は説明しない気もするのですが、むしろそこに意義があると思っているのであえて説明する。とはいえ、言葉が先行してできたものを見て次の方向を考えるようなところはあります。例えば、LEARNプログラムといっても、ワークショップをやってほしいわけでもないし教育普及でもない。なんとなくラーニングのようなことをそれぞれ勝手にやるんです。アーティストが得意でないことをさせてもしょうがないと思うので、そこでできてきたものによってプログラムが変わってくるという感じです。

岡本:具体的にはどんな活動があるのですか。

:普段当たり前にやっているアーティストとのランチの場をひらいたり、街の人と一緒に壁画を描いたり。それから、松戸市の中高生がインターンをしに来るのを受け入れて、コーディネーターの代わりに、アーティストに街の紹介をしてもらったり世界からきたアーティスの側から、中高生のほうに松戸の紹介をしてもらう交流もあります。インターンはリピーターが多くて、3回くらい来た子に「私、アーティストのための通訳になりたいです」と人生相談されたりして。面白いです。

岡本:レジデンスもそうだと思うのですが、ずいぶん経ってからこんなところに影響があったのか、みたいなことはありますよね。例えば、最近の若いアーティストが、2000年代頃に助成していたアーティストの影響を受けはじめていて、その若いアーティストの口からかつてのフェローの名前を聞くとか。創造環境整備プログラムのワークショップに参加していた人が、最近になって活躍しているとか。

五藤:2010年くらいにセゾン文化財団がやっていた舞台制作者の集まりが、震災を経てON-PAMを作る動きにつながったという話を聞きました。ON-PAMはいまや舞台制作者にとって非常に大事な組織になっているので、10年経って成果が生まれているのだなと思いました。

ON-PAM (http://onpam.net)

:そういえば、僕も2008年頃にドリフターズ・インターナショナルのクリエーションで森下スタジオを使っていました。

岡本:まさにですよ。ドリフターズの卒業生、今けっこう見ますよね。

:PARADISE AIRのメンバーに3人いますよ。おかげさまですw。

岡本:そうなんですか。それはよかった。

プロフィール

岡本純子
美術大学卒業後にコマーシャルギャラリーに就職。非営利団体での芸術に関わる仕事、若いアーティストとの関わりを求め、セゾン文化財団に転職。プログラム・オフィサーとして、アーティスト支援や、舞台芸術の環境改善事業支援に携わってきている。「横浜市創造界隈形成推進委員会」委員。飼っていた猫、地域猫と親しむうち、猫の役に立ちたいと思うようになり、横浜市動物適正飼育推進員となった。


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