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【第2話・渋谷で5時】

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【2−2草食人たち】

 練馬区某所。
 かつてはキャベツとブルーベリーが実り、区の名を冠した練馬大根の産地としても有名な、都内でも有数の農業区だったが、今では無闇矢鱈と駐車場ばかりが並ぶ異様な風景が広がっている。ZAによる「排農運動」により、農地としての利用を制限されてしまった農家が、固定資産税の軽減のため、やむなく開業しているものであり、利用者はほぼゼロというのが実情だ。
 そんな巨大駐車場のひとつに隣接する平屋建ての日本家屋の奥の間に、セイコ、シンゴ、泰蜀はいた。対峙するは、「菜食解放戦線」の頭目、花田キュウベエ。
「菜食解放戦線」は、食のレジスタンスたちのなかでも、ZAと激しい抗争を繰り広げる、最もラディカルなゲリラ集団だ。泰蜀を長とする「飯アの聖闘士たち」も、降りかかる火の粉を払いはするが、「菜食解放戦線」のように積極的にZAの拠点に攻め込むような活動はしていない。
 地道なピンクワゴン食堂の活動で、食の喜びを草の根レベルから喚起し、じっくりと、しかし確実に「食を取り戻せ(Youは食!)」と訴え続ける泰蜀たちと、動物性タンパク質を「生命の搾取である」とし、MOI(Meat Of Insect)食の強制への断固たる反対と、野菜類の開放を求める花田たち。「旧時代の豊かな食を取り戻したい」という利害の一致はありつつも、動物性タンパク質についての意見は完全に対立している。

「これはこれは『飯アの聖闘士たち』の皆さん。それに無藝泰蜀どの。わざわざのご足労、感謝する。僕が『草食解放戦線』のリーダー、花田キュウベエ。こちらは副官のササキだ」
 かのゲリラ集団の頭目は、眉目秀麗な優男だった。意外にも穏やかで知的、かつ柔らかな雰囲気を醸しており、素性を知らなければ、ZAと血みどろの抗争を続ける過激派集団の頭には、到底見えなかった。
 対して副官のササキは、好意的とはいい難いピリリとした空気を全身から放っている。頭目からの紹介に、浅く礼を寄越したあとは、射るような視線をこちらに向け続けていた。
「丁寧なご挨拶、痛み入る。こちらの二人は、ワシの娘セイコと、婿のシンゴじゃ。早速じゃが、本題にはいらせてもらおう。あなたがた『菜食解放戦線』は、練馬区内の旧農地を秘密裏に保存、維持していると聞いたが、本当かな?」
「間違いない。この大泉学園町から西東京市、そして埼玉県新座市の一部農地を、我々『草食解放戦線』が管理運営している。このたびは、あなたがた、『飯アの聖闘士たち」が活動している板橋区西部と和光市、戸田市の闇農地との、作物の相互取引のお話、でしたね」
「左様。当方では、なす、カブ、タマネギ、里芋、人参、じゃがいも、サツマイモ、キャベツ、大豆、米などを主に作付けしている。固定種(*1)の種子や種芋をZAの『実験栽培場』から調達できたものは、現在のところ、これだけだ。あなたがた『菜食解放戦線』が栽培している作物と、相互取引ができればと、考えている」
「なるほど、それは我々としても、悪い話ではない。当方は主に葉野菜と果樹の栽培を行っているが、根菜類と米が調達できていない。あなたがた『飯アの聖闘士たち』が持つ穀類は、我々にとって非常に魅力的だ」
「野菜は、な」
 横に控えていたササキが、苦笑いと共に一言、差し挟む。
「ササキ、控えろ」
「……失礼しました」
「すまない、我々『草食解放戦線』は、御存知の通り、ベジタリアンの組織だ。どうしても肉食に対する悪感情を拭いきれないことは、認めざるを得ない。だが、ZAが食を掌握している限り、我々もまた、日々の糧に事欠いている。腹持ちがよく、満足感の高いイモ類や、貴重なタンパク源である大豆。なにより日本人の食の拠り所である米の確保は急務だ。ここは信条の違いを超え、共闘する必要がある」
「ワシも同意見じゃ。ワシら『飯アの聖闘士たち』は、果物の甘みに飢えている。キャベツは自作できているが、使い勝手の良い白菜や、なにより練馬区の代表的作物である大根などは、我々はまだ作付出来ていない。食べたくもあるが、種苗が欲しいのだ。協力を願いたい」
「良いでしょう。まずは我々の農園を見ていただこう。僕がご案内しよう。ササキ、少し出る。留守を頼む」
「お一人で、ですか?」
「まずは信用を得ることが大事だ。よもや泰蜀どのが、こちらの領域内で僕を手に掛けることはあるまいよ」
「ササキ殿、ワシも武人の端くれじゃ。誓ってそのような卑怯な真似はせぬよ」
「わかりました。お帰りをおまちしております」

 花田キュウベエの案内のもと、『菜食解放戦線』の農地、果樹園を巡る。
 わけても巨大な光学迷彩で隠蔽された広大な果樹園は、一行の度肝を抜いた。

「こんなデカい果樹園、よくZAに見つかんないでやってこれたねー! てか、なにあのバカげたサイズの光学迷彩! アレいくらすんの?」
 感嘆と呆れが50:50の問いを、セイコは花田に投げる。
「この果樹園だけで、ざっと5億ほどだね。設営後も、故障や経年劣化で、毎年1000万円ほどのランニングコストがかかっている」
「ひえー(~_~;)」
「柿! 栗! おお! 林檎もある! 実は小ぶりだな……品種は……紅玉か?」
 シンゴは木々の枝から垂れ下がる作物にテンションカチ上がりっぱなしだ。
「よくわかったね。そう、紅玉だ。そのままで食べても美味しいけれど、ジャムにしたり、パイのフィリングにすると絶品だよ。よければ持っていくといい」
「いいのか!?」
「ああ。ぜひ食べてみてくれ」
「ふぉぉぉぉぉおおおおお(゜∀。)!!」
「ダメだこいつ……はやくなんとかしないと……」
 喜びのあまり、脳内にイイ感じの物質がプッシャー! と湧き出ているシンゴを横目に、セイコが嘆息する。
「ほう、長ネギもつくっておるのか」
「昨年からな。副官のササキが種苗を調達してきてくれたおかげで、やっと栽培に漕ぎ着けた」
「青身が長いネギじゃな」
「ああ。そのようだ。生憎と僕は果樹が専門で、農作物の方には明るくなくてね。こちらは専らササキに一任している」
「なぁ、今日、ネギつかうよな?」
 思い出したようにセイコが言う。
「ああ! そういえば! タマネギで代用しようと思ってたけど、長ネギがあるなら、そっちが断然いい! な、な、よかったら、何本か譲ってくれないか?」
 とシンゴ。
「構わないよ。我々の作物を、まずは食べてみてくれ。味は保証する」
「ウェ~イ(・∀・)!」

(*1)固定種:
味や見た目などの個性が、代々受け継がれる品種のこと。
同じ固定種どうしをかけ合わせて作られた作物は、次世代も同じ形質になるので、自分で種を採って翌年も同じ作物を育てることができる。
ごく当たり前のように感じるかもしれないけれど、最近主流のF1種は、できた作物から種を採ったり、種芋にしたりはできない。あるいは、できたとしても食用になるレベルには成長しない。
このメシ・ディストピアでは、農作物の安定的な自作のために、作物は固定種である必要があるのだ。

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