【第2話・渋谷で5時】
【渋谷で5時 3】
【2−3 飯 in the Sky with diamonds】
うららかな陽光の下、ピンクワゴンは走る。ただでさえ狭いキッチンカーは、シンゴとセイコに加え、泰蜀も加え、わりとミッチミチに詰まっている。
シンゴは、荷台に積まれた冷蔵庫にミッチミチに詰まったミンチ肉を確認し、料理の手順を練っている。
「向かうは渋谷! ちょおオサレタウン! ヤバ! アタシマルキューとか寄っていきたいかも!」
「おー、今日は泰蜀師匠も一緒だし、手は足りなくはないけど……」
「よいよい、セイコ、たまには羽根を伸ばしてこい。で、オバQってなんじゃ?」
「ポンコツオバケじゃねーよ! オサレファッションの聖地だっつーの!」
「くぎゅううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!」
「フンッ! ホチャ! ホッチャーーーーーーン! ホアァァァァァァァァァア!!」
漢二人の暑苦しい叫びが、オサレタウン渋谷に響き渡る。道玄坂を登りきって出た正面では、オサレとは最も程遠い汗と汁の狂宴が繰り広げられていた。
熱き漢たちは、熱き炎を操り、ひたすら中華鍋をジャーレンでかき混ぜていた。
鍋の中には、香ばしい香りを放つ豚挽肉。じぶじぶと湧き溢れる肉汁が爆ぜる音と相まって、胃袋を直撃する空腹感を喚起する。
「流派! 無藝流は!」
「猛者の風よ!」
「師ぃぃぃぃぃぃ匠ォォォォォォオオオオ!!」
「シィィィィイイインゴォォオオオオオオ!!」
シャーン! シャーン! シャーン! と高速で振られる鍋。挽肉に混ぜ合わされた花椒と辣油の香りが、熱気を纏い、オーラを放つ。
「見よ! 当方は紅く燃えているッッッ!」
紅い油の海。そこに浮かぶ豆腐の白、『草食解放戦線』の農地から採れた長ネギが、緑のアクセントを添え、赤・白・緑の完璧なコントラストを描く。とろみが付けられたそれが炊きたての白いごはんに載せられた様は、いっそ官能的ですらある。
「ドモ……いや、シンゴよ! 準備はよいか?」
「はい! 完璧です! 師匠!」
「うむ、では支給開始じゃ!」
「え? こいつら何者?」という好奇心と、食のDNAを震わせる匂いに引き寄せられるように、人々が集まってくる。が、まだ距離は遠い。
「さぁさぁ! 若人の諸君! 古の食を試してみんかね? お代はロハじゃぞ!」
作務衣姿のオサゲジジイに一様に怪訝な視線を送ってくる。皆キッチンカーが気にはなっているものの、まだまだ奇矯な老人への警戒心が勝っているようだ。
遠巻きに作られた輪の中から、一人の少年が歩み寄り、シンゴに問う。
「これ、なに?」
シンゴは、十代半ばと思しき少年に紙の丼を渡し、答える。
「これか? これはな、『麻婆丼』っていうんだ! 食ってみろ。美味いぞーーー!」
湯気をたてる丼の中身をプラスチックのスプーンで掬うと、少年は恐る恐るそれを口に運ぶ。
口中に納まったそれを咀嚼すると、少年の目が驚愕と歓喜に見開かれた。
「おいしい! おいしいよこれ! ちょっと、いや、メチャクチャ辛いけど、おいしい! こんなの初めてたべたよ!」
少年の声を皮切りに、一人、また一人と、キッチンカーに列を作る。
「あっつ! 辛っ! うまっっっ!」
「これって、肉ってやつ? 噛むたびにおいしい脂が染み出してくる!」
「このプルプルの白いの、不思議な食感だなー」
「ねえ! この下の方の白いツブツブって、お米ってやつ!? 小学校の社会の教科書で見たやつと同じ! 初めて食べた!」
笑顔、笑顔、笑顔。食の喜び、味覚の震えに歓喜する人々の姿に、泰蜀は相好を崩す。これが、この笑顔がありふれたものになることこそ、泰蜀の悲願だ。
パァン!
風船が割れるような、間の抜けた破裂音が響く。
ピンクワゴンがガシャン! と音を立てて傾く。空気が抜けたタイヤには、ブロウガン(吹き矢)の矢が刺さっている。
「なぁッッッ!」
突然の車体の傾きに、シンゴがバランスを崩す。大事は免れたものの、走行は不能。泰蜀とシンゴに、緊張が走る。
「何奴! ……というか、すでに見えておるぞ」
電信柱の影に隠しきれない巨躯が、ぬっ、と、現れる。手には自身の身の丈ほどある吹き矢の矢筒。彫りの深い相貌は、アジア人のそれではない。ネイティヴ・アメリカンのような扮装をした大男は、控えめに言っても隠密行動にはまったく適さない出で立ちだった。
「Lucy in the sky with diamonds〜♪ Lucy in the sky with diamonds〜♪」
陽気にビートルズを歌いながら現れた男は、こちらを向くと、高々とピースサインをした。
「???」目が点になっている二人を見やり、旧時代では禁制品だった、麻の葉の煙を「もっふぁー」と吐き出す。
「ラーーーーヴアーーーーンド ピーーーーーーーーーーーーース! 僕達のオトモダチ! 動物食ベル悪イ子ハイネーガーーーーーー!」
長い矢筒をノリノリのラリラリでブン回しながら、謎の踊りを踊っている。
……誰? コイツ。